乳児開心術後の急性期に残存する肺高血圧の治療

術前から肺高血圧を呈する先天性心疾患に対する開心術後急性期では、しばしば生命に直結するほどの肺高血圧が急激に重症化する場合ありPH クライシスと呼ばれます。これには厳重な全身管理に加え各種肺血管拡張剤を中心とした治療が展開されます。また肺高血圧が遷延する場合は慢性期治療への円滑な移行も必要となります。1990年代後半から最近までこの領域でも新しい薬剤が導入され治療バラエティが広がりその治療成績も向上しました。
我々はこの新しい治療薬の中で塩酸シルデナフィルに着目し、バイアグラとして肺高血圧には適応がない2003年後半より臨床研究を開始し100例以上の経験を有するに至りました。術後ICUに入室の高度肺高血圧患者に対して、①一酸化窒素吸入療法への追加、②呼吸器離脱後の高度肺高血圧の再発への対処、③呼吸器離脱前に一酸化窒素からの移行、そして④初回からの導入治療として塩酸シルデナフィルを投与しました。100例までの調査では収縮期肺動脈圧は投与前の51.8±12.7 mmHg(平均±標準偏差)から最大投与量6時間後には36.1±11.8 mmHgへと有意に低下し治療効果を発揮しました。肺動脈降下作用が有意でない症例でもPH クライシスの発生は消失しました。7例で一過性の軽度のPaO2の低下を認めましたが、重篤な副作用の発生はありませんでした。軽度な副作用として一過性の顔面紅潮が5例に発生しました。
治療対象となる術後肺高血圧は狭義には大量の左右短絡により術前高肺血流を引き起こす先天性心疾患によるものでありますが、右心バイパス手術(両方向性グレン手術、フォンタン手術)の後に時に生じる肺動脈循環不全も広義の肺高血圧として治療対象となります。肺動脈—左心房圧格差が14.8±4.0 mmHgと高値を示し低酸素血症を呈した5例の右心バイパス症例で塩酸シルデナフィル治療後に7.2±2.2 mmHgへと有意に(p<0.05)正常化し低酸素血症も改善する経験を得ました。
私たちの臨床研究と時期を同じくして世界で様々な臨床研究と治験が行われ、塩酸シルデナフィルは商品名「レバチオ」となり肺高血圧症治療薬としてわが国では2008年1月25日に成人領域で製造販売が承認され、遅れて2017年9月27日に小児領域でも承認されました。