悪性神経膠腫に対し複数回の光線力学療法を可能にする脳表留置型光源装置の開発

井畑 知大
TOMOHIRO IHATA

医学部 脳神経外科学教室
助教(准)


カテゴリー:医療機器
 

研究開発段階


研究のポイント

  • 難治である膠芽腫の複数回の光線力学療法を可能にする脳表留置型光源装置を開発する
  • 同装置を用いた光線力学治療の安全性と有効性を動物実験で検証後、 臨床治験を目指す
  • 同装置の臨床応用には世界最先端の技術を持つエンジニアとの産学連携が必要である

研究キーワード

膠芽腫、悪性神経膠腫、 光線力学療法、 5—アミノレブリン酸、 脳腫瘍

研究の背景

悪性神経膠腫、特に膠芽腫は現行標準治療(手術・化学療法・放射線療法)後の生存期 間中央値18ヶ月前後、5年生存率10%未満と予後不良である。難治の原因は、腫瘍を外科的全摘出できないこと、神経膠腫幹細胞の治療抵抗性が挙げられる。光線力学療法(photodynamic therapy:PDT)は腫瘍細胞選択的集積性が高い光感受性物質を用いて光線力学反応によって細胞内で発生するラジカル種により、直接的な殺細胞効果を示す新規治療方法として発展が期待されている。天然のポルフィリンである5ーアミノレブリン酸(5-aminolevulinic acid:ALA)は、元来、生体内に存在し、重篤な副作用を持たない。悪性神経膠腫に対するレザフィリン(Talaporfin:TPF)を用いたPDT(Talaporfin mediated PDT:TPF-PDT)が既に保険適用であり、ALAを用いたP DT (ALA-mediated PDT: ALA-PDT)も欧州で臨床試験が実施中である。PDTの高い腫瘍細胞選択性が複数回の治療(metro­nomic PDT)を繰り返すことを可能とし、単回治療と比べより高い腫瘍抑制効果を示す可能性がある(Bisland SK,et al.Photo­chem Photobiol. 2004;80:22-30, Yamamoto」,et al. Clin Cancer Res.2006;1 ;12 (23) :7132-9.)。既存のPDTでは、ALAを用いておらず、使用されるレーザーによる高光量の光を照射による高エネルギーのため生じるphotobleachingによりPSが破壊され、治療効率が悪い。ALAを用いたPDT(ALA-mediated PDT:ALA-PDT)は、エネルギー量の低い低光量の光を長時間照射することを可能とし、これを実現するには埋め込み型脳表留置光照射装置が必要である。当教室は2014年にノーベル物理学賞を受賞したカリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が率いる研究グループと共同で悪性神経膠腫に対し複数回の光線力学療法を可能にする脳表留置型光源装置の開発を目指している。

研究の概要・進行状況

本装置の開発で留意する点として、人体、特に脳表に留置するため、①装置が軽量であること、②凹凸のある組織に密着可能であること、③脳組織は42°C以上の状態が30分以上継続すると不可逆的脳損傷が生じるため、高温状態を避けること、④生体内、特に脳組織は髄液などの液体が存在しており、防水加工を施すことである。これらの条件を満たすべく、薄膜シー ト状のflexible 基盤を用い(①、②)、作動時の温度上昇を4℃未満にすることで、体温36℃の場合に不可逆的脳損傷を防止し(③)、可能な限り薄膜のパリレンコーティングを施すことで防水加工した(④)小動物実験用光線力学療法用埋め込み型装置のプロトタイプを開発した。本装置への電力供給は交流電磁波による無線給電技術を用いる。脳組織への安全な交流電磁波の値は定まっていないが、先行研究で判明している脳組織に影響を与えにくい範囲の交流電磁波を用いる。無線給電の有利な点は、有線給電で必要とする電池交換の手術を不要とし、コードが引っ張られて光源本体が脳表に密着せず移動することによる照射範囲と積算光置の不均ーを防止することが可能となることである。本装置を小動物の頭蓋骨上の皮下に接着固定する際に東京科学大学の藤枝俊宣准教授の研究グループが進めているナノシートを用いる。ナノシートは薄膜かつ無色透明のため照射される光を減衰させず、小動物を用いた実験に最適な接着物質である。脳腫瘍小動物モデルを対象に同装置を用いた前臨床研究を実施し、同装置の有効性と安全性を検証中である。現在、同装置の知的財産として日本国内特許を申請中であり、今後国際特許申請予定である。

  • Size:0.92x11x8mm
  • LED光源をラットの頭蓋骨表面(頭皮下)に留置

市場性

悪性神経膠腫、特に膠芽腫の新規発症は本邦で年間約6千人、全世界で約25万人と報告されている。現在の標準治療(手術・化学療法・放射線療法)に抵抗性を示しており、新規の治療法が待望されている。光線力学療法は既存のTPF-PDTでは光線過敏症の副作用が問題となる。しかし、ALA-PDTは光線過敏症といった重篤な副作用は生じない。我々の考案した人体埋め込み型脳表留置型光照射装置が有効性・安全性を示した際には全世界的に普及する可能性がある。本装置の対象は悪性脳腫瘍に限らない。本装置の形状は紙のようにシー ト状であるため、凹凸のある組織にも密着させることができ、食道病、肺癌、大腸癌、前立腺痛等の他臓器の癌に応用できる。また、光線力学療法に限らず、光免疫療法に用いることができる。これらのことから、本装置を用いた治療の対象となる患者数が多く、市場価値の高い医療機器となり得る。

想定する社会実装の形

本装置は開頭脳腫瘍摘出術時に摘出腔に半永久的に留置することを想定しており、外来通院時に複数回の光線力学療法を行える装置として保険適用を目指す。
保険適用の対象として悪性脳腫瘍だけでなく、多臓器の癌に関しても同様に目指す。本装置は搭載するLED chipを変更することによって異なる波長を発することが可能であるため、光線力学療法のみでなく、同じく光照射を用いる光免疫療法に対しても保険適用となる可能性がある。ALAは手術時の光線力学診断用に経口薬剤として保険適用されている。将来的には経口内服後に本装置を一定時間作動させて光線力学療法を行い、 最終的には自宅で治療を行うことを目指す。

連携先へのメッセージ

我々はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授の研究グループと本装薗の開発を進めています。その他、無線給電、パリレンコーティング、ナノシート等に関して複数の大学、企業の協力を得て、研究を進めています。しかし、本装置の開発にあたり、複数の以下の課題があり、産学官連携を必要としています。
(1)本装置はMRI対応を想定した新規の人体埋め込み型医療機器であり、チタンやステンレスなどの非磁性体の精密加工ができる研究者や企業との共同研究を求めています。
(2)本装置を生体内に接着する必要があるため、ヒトに対して生体組織親和性を持つ薄膜かつ無色透明な接着シートもしくは接着剤の開発・精製ができる研究者や企業との共同研究を求めています。
(3)治療範囲に一定の積算光量の光照射を行う必要があり、LED chipの配列やLED光源の光照射のシミュレーションができる研究者や企業との共同研究を求めています。

関連論文・知財

  1. Metronomic photodynamic therapy using an implantable LED device and orally administered 5-aminolevulinic. Kirino, et al. Scientific reports 10, 22017, 2020
  2. Tissue-adhesive wirelessly powered optoelectronic device for metronomic photodynamic cancer therapy. Yamagishi, et al. Nat Bio med Emg. Jan 3 (1) 27-36, 2019
  3. Metronomic photodynamic therapy with 5-aminolevulinic acid induces apoptosis and autophagy in human SW837 colorectal cancer cells. Shi et al.」Photochem Photobiol B. Sep 198 111586, 2019

[特許]出願中