INTRODUCTION

新型コロナウイルス感染症は世界中に大混乱をもたらし、多くの人々の暮らしを一変させた。

なかでも大きな影響を受けたのが、妊産婦や子育て中の家庭だ。
コロナ禍により、出産や育児にはどのような困難が生じていたのか。
それら数々の障害に対して、母親や父親はどのように立ち向かったのか。

コロナ禍のなかでも大阪医科薬科大学では、大学病院で多くの妊婦を受け入れてきた。
それと同時にコロナ禍がもたらした出産・育児環境への変化を明らかにし、今後の支援のあり方を考えるために
2021年に2回の調査を行った。

本記事では、その調査結果とこれからのWithコロナ時代の育児に向けたアドバイスを紹介したい。

コロナ禍が妊娠・出産や育児に与えた影響

佐々木 綾子 先生

——コロナ禍の影響に関する第1回目の調査が2021年1月29日から行われています。
第3波が襲来し、第2回の緊急事態宣言が出された段階で調査に踏み切った理由は何だったのでしょうか。

佐々木先生 コロナ禍に見舞われる前から、産後うつになる割合が出産女性全体の10%強になるなど、
産後のメンタルヘルスが問題となっていました。そこに突然のコロナ禍が追い打ちをかけたとなると、状況の一層の悪化が懸念されます。そんななかでメディアからは、毎日のように不安を煽る情報が一方的に流されてきます。心理的に追い込まれた環境のなかで多くの母親、父親がさまざまな困りごとに直面しているはずであり、同時に自分たちなりに工夫して対応しているケースもあると考えました。そこで実態を把握し、今後の対応策に活かしたいと思ったのです。

——混乱した状況での調査は難しかったと思いますが。

近澤先生 その点では、同志社大学赤ちゃん学研究センターによる「新型コロナウイルス感染症に関する特別研究課題」の助成を受けられたのでとても助かりました。おかげで同センターに所属する研究員のうち、0~3歳の子どもを持つ全国の父親192名、母親224名を対象としてWeb調査を実施できました。

——続いて同じ年の6月、ようやくワクチンが普及し始めて、先に少し光の見え始めた状況で第2回の調査を行っています。第1回調査との違いを教えてください。

佐々木先生 第2回は、日本学術振興会科研費の助成を受け行いました。第1回と比べて、地域と対象者を絞り込みました。対象地域は大阪府高槻市に限定し、対象者も4か月児健診のため保健センターに来所した乳児を育てる母親とその夫としています。生後4か月に絞り込んだ理由は、まさにコロナ禍での妊娠から出産を経験し、産後も含む一連の記憶が鮮明に残っている方々の実態を知りたかったからです。コロナ禍のなかで妊娠、出産するだけでも、妊婦とその夫には強い負荷がかかったと考えられます。厳しい状況を乗り切った人たちの情報は、今後のWithコロナ時代の妊娠から育児を考える上で貴重な参考資料になると考えました。

家庭で起きていた多種多様な困りごと

近澤 幸 先生

——第1回目の調査からは、どのような状況が明らかになったのでしょうか。

近澤先生 まず挙げられるのは、女性のメンタルヘルスに対する大きなダメージです。母親の約半数が「気分が沈んだり、憂うつな気持ちになった」と答えていたほか「何ごとにも興味・関心がなくなった」との声も出ていました。これらは明らかにメンタルヘルスの不調と考えられます。このような悩みを訴える人の多さが強く印象に残りました。

佐々木先生 まわりから十分なサポートを受けられないため、育児ストレスも強くなったと想定されます。
そうしたストレスをうまく発散できなかったり、心身の疲れからなかなか解放されないと訴える方たちが多くみられました。一方では、それまで以上に家族で一緒に過ごす時間を増やして協力するようになったり、
家の中でみんなで遊ぶ工夫をするようになったなど、今後の参考になる意見も数多く寄せられていました。こうした有益な情報を、コロナ禍の育児に悩んでいるご家族にできるだけ早くお伝えするためパンフレットにまとめています。

——第2回の調査はコロナ禍での出産を経験された方が対象となっています。

近澤先生 こちらの方々の悩みはかなり深刻でした。コロナ禍以前なら当たり前だった母親学級などに参加できなくなり、出産や育児に関する情報を得にくくなっています。父親の立ち会い出産などもできません。当然メンタルヘルスも不調になりがちです。母親の約2割が、夫の支援のなさに対してストレスを感じているとの答えもありました。既にコロナ禍以前から、産後の夫婦関係の悪化を意味する「産後クライシス」という言葉が広まっていたのです。そんな大きな流れに加えてコロナ禍に見舞われた中で出産し、それから4か月経った頃というのは、かなり危機的状況に陥った方も多かったと推察されます。

——産後クライシスは、以前から問題になっていたのですね。

佐々木先生 そのとおりで考えられる理由のひとつはおそらく、妻が期待するイクメン像に、夫が応えきれていないからと推測されます。夫婦二人だけの間はよかったものの、子どもが生まれた段階で、妻にとっての理想と現実にギャップが生じるのでしょう。もちろんこれは夫側だけに問題があるのではなく、妻の方でも「夫の洗ってくれた食器が今ひとつきれいじゃない」など些細なことが気になって、喧嘩になるケースなども報告されています。

近澤先生 コロナ禍により普及したリモートワークが、奥さんのイライラを募らせたケースもあるようです。それまで昼間は会社に行っていて家にいなかった夫が、一日中家の中にいるのです。仕事の合間に家事や育児を手伝ってくれるといっても、妻の思うようには到底いかず、結果的にストレスの種となります。なかには「夫は、自分の仕事や生活を優先しているようにしか思えない」などの意見も出ていました。

必要なのは、変化の共有と新たな関係性の構築

——リモートワークはキッカケこそコロナ禍にありますが、今後もある程度定着していくと思われます。
そうなると夫婦間の関係も変わらざるを得ないのではないでしょうか。

佐々木先生 女性の立場からすれば、日中の家族が一人増えるわけです。リモートワークがなければ、母親としての役割に集中できたところが、
妻としての作業もこなさなければならない。それも産後まもない時期、つまり大きな環境変化が起きたばかりで心身ともに大変なタイミングにです。だから夫の方にも、考え方の切り替えが必要だと思います。

近澤先生 リモートワーク中に父親として育児に積極的に関わる上で、それなりの覚悟と知識が必要です。育児とは、一人の子どもを社会人に育て上げていくための最初の重要な過程であり、決して片手間にできるようなものではありません。育児について自発的に学ぶだけでなく、先輩パパに経験を教えてもらったり、奥さんとの間のやり取りの方法なども含めてアドバイスをもらうとよいのではないでしょうか。

佐々木先生 背景となる大きな流れとして、夫と妻の関係性の変化、女性の意識の変化があるのは否めない事実です。女性の就業率が高まり、
仕事も家事も男女差をなくして、一緒にやりましょうという時代
になっているのです。当然、父親に求められる役割も変化しているのですが、それにどう対応していけばよいのか。今は試行錯誤している段階ではないでしょうか。

——夫であり父親でもある男性は、どのように変わればよいのでしょう。

近澤先生 まず父親としては、子どもを安全に発育発達させていく責任があります。同時に夫としては、ただでさえ産後のメンタルヘルス不調に陥りがちな妻に対する心配りや支援が求められます。つまり父親と夫という2つの役割を期待されます。育児は夫婦で協力しながらできますが、産後うつやメンタル不調となりがちな妻への支援は簡単ではありません。そんなとき何より参考になるのが、先輩パパたちの工夫です。もちろん父親自らも、仕事を通じてさまざまなストレスを受けているでしょう。だからこそ、同じような経験をしながら、何とか乗り切ってきた先輩たちの知恵と工夫が参考になると思います。母親のストレス軽減には、たとえば食事をテイクアウトにして息抜きしてもらう、毎月1日でいいから完全な自由時間をとってもらい好きに過ごしてもらうなどがあります。

——母親に向けてのアドバイスもありますね。

佐々木先生 育児を孤立した環境で行おうとしないように意識してください。ある程度は人に任せる勇気が母親には求められます。ときには子どもを夫に一日任せて、外出して楽しむぐらいから始めればよいでしょう。祖父母や友人知人を頼るなど、子どもを人に預けられるようになると、保育園での共同養育にも馴染みやすくなります。子どもにとっても、人に預けられるのは社会性を育む良い機会となりますから。

近澤先生 あとマスクの着用にも心配な点があります。日本ではまだ着用が当たり前となっているマスクについては、子どもに与える影響が懸念されています。親のマスク着用が子どもに悪影響を与えないために、マスクを付けて読み聞かせなどをする際には、リアクションをオーバーにするのが良いようです。またマスクを取ったときには、意識してできるだけ表情豊かに子どもに接することや、透明マスクの着用も推奨されています。マスクをつけた親の顔しか見られない子どものストレスを軽減するためには、ハグしてあげたりなでたりなどのスキンシップが重要です。

佐々木先生 コロナ禍は誰にとっても未体験の出来事ですから、両親共に自分たちだけで悩まないよう心がけていただければ思います。たとえば本学がある高槻市には、子ども保健センターや子育て総合支援センター、助産師会などをはじめとしてさまざまな相談窓口があります。各自治体にも同じような施設があるはずですから、こうした相談機関の積極的な活用が共同養育につながります。コロナ禍という異常事態においては、両親ともにSOSを出したくなって当たり前と考えてください。だからこそ頼れる先、相談先を確保してほしいのです。頼り上手は、ひいては子育て上手にきっとつながります。

コロナ禍における大学病院の取り組み

妊産婦と赤ちゃん、そしてスタッフも守るために

大阪医科薬科大学病院 婦人科・腫瘍科科長 大道 正英 教授

大道 正英 教授

新型コロナウイルス感染症のちょうど第5波ピークのあたり、2021年8月25日から当院は、
大阪府からの要請に対応して感染妊婦さんの受け入れを開始し現在に至っています。
受け入れに際しては、特に3つの使命を意識しました。まずは感染拡大の防止、次が感染していても安心・安全な分娩の提供、そして受け入れ中に取得したデータの社会還元です。
第1の感染拡大防止については、赤・黄・青に色分けした3種の動線を使い分けて診療などを行いました。赤は新型コロナウイルス感染症の妊婦さん、黄は濃厚接触者、緑は感染していない方の動線です。これにより感染者との接触を避けて、院内感染を防いでいます。さらに感染妊婦さん専用の病棟と非感染の妊婦さんの病棟を分けて、看護師と助産師もそれぞれ専属のスタッフで対応しました。
安心・安全な分娩を提供するため、感染妊婦さん用の病棟に12の専用病床と陰圧の分娩室を2部屋設置しました。陰圧で室内の空気も常に換気されているため、分娩中の感染リスクを抑えられます。従って時間短縮のためだけに帝王切開をする必要などなく、当院での帝王切開率は15%と非感染の妊婦さんと同等です。さらにデータ収集も行っており、その結果によれば若干早産の傾向がみられるようです。
周産期ヘルスケアの観点からは、感染妊婦さんのメンタルヘルスケアが重要な課題です。
たとえば感染妊婦さんの産後うつの発症率は、通常の約2倍ともいわれています。そこで当院では感染妊婦さん全員にリエゾンと呼ばれる精神看護専門看護師によるサポートを行っています。リエゾンは各診療科の医師、看護師と連携しながら患者さんをサポートする専門職です。分娩1か月後の健診で産後うつ病をチェックし、リスクのある方にはリエゾンが対応する体制を整えています。
もう一点大切なのが、生まれてきた赤ちゃんと感染しているお母さんとのスキンシップです。赤ちゃんは濃厚接触者となるわけですが、母子ともにPCR検査を2回行って陰性を確認できれば同室としています。また母乳中へのウイルスの排出はないとされていますが、お母さんから直接飲ませるのではなく、スタッフが搾乳して赤ちゃんに授乳してもらうスタイルを取っています。さらに母子が別室の間は、赤ちゃんの様子をお母さんに携帯端末で見せるなどの工夫も取り入れました。
受け入れ開始からこれまでに約180名の感染妊婦さんの入院管理に携わり約80件の分娩を行いましたが、この間の院内感染はスタッフも含めて0に抑えられています。

この記事に登場した先生