口腔/血管/健康寿命をむすぶ「指標」を求めて プロジェクト主任研究員インタビュー① 星賀教授・植野教授

「口腔内細菌叢解析・創薬研究グループ」のメンバーとして本プロジェクトに関わるのが、星賀正明教授(内科学III教室)と植野高章教授(口腔外科学教室)だ。
この記事では、「健康寿命をのばす たかつきモデル」の基礎となる概念「健康寿命」について、二人の専門領域を踏まえた対談を通じて詳しく見ていく。

「健康でいられる寿命を伸ばす」という切実なテーマに向き合う

星賀 正明 教授

2016年の時点で、日本の高齢化率(65歳以上の人口割合)は27.3%(※1)。およそ3人に1人が高齢者となった。平均寿命は、男性80.98歳、女性は87.14歳(※2)と過去最高を更新し続けており、今後も伸びていくことが予想されている。

ところが、医療や介護を必要とせずに健康に生活できる「健康寿命」は、男性71.19歳、女性74.21歳(※3、2013年)。男女ともに10年以上を、日常生活に制限のある「不健康な期間」を過ごしているのだ。

星賀先生 本プロジェクト最大の目的は、健康でいられる寿命をできるだけ伸ばすこと。大きな病気をせず、よく食べよく眠り、お出かけもでき、地域でのコミュニケーションもとれる状態が続くと、地域全体も活性化すると思います。

星賀先生が医師になった1985年当時と比べると、本院循環器内科の入院患者の平均年齢も57.7歳から70.2歳(2015年時点)までに高齢化した。それに伴い、循環器医療の中心も慢性心不全へと変化しているという。

星賀先生 現在の循環器病棟には、90代の方も珍しくありません。病名としてはいわゆる心不全ですが、足腰も弱っていらっしゃるし、心疾患以外にも腎障害、閉塞性肺障害(COPD)、貧血、認知症などの併存症があることが多い。もし日常的に、運動やオーラルケアに取り組んでいれば入院までには至らずにすむかもしれません。

「たかつきモデル」プロジェクトの目的のひとつは、『未病(発病には至っていないが軽い症状がある)』の状態にある人々にアプローチすることにより健康寿命の延伸に寄与すること。プロジェクトは、植野先生と星賀先生が循環器内科の患者のオーラルケアを通して得た「気づき」をきっかけに始まった。

※1 内閣府「平成29年版高齢社会白書」
※2 厚生労働省「平成28年簡易生命表」
※3 厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会・次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会「健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料

歯の本数や噛む力と循環器疾患の相関を発見

植野 高章 教授

一方、植野先生は、循環器内科の入院患者にオーラルケアを行うなかで「外来患者に比べて歯の本数が少なく、噛む力が弱い」という印象を持っていたという。

口腔内の慢性的な炎症状態は、循環器に負担をかける可能性があるかもしれない——植野先生は循環器内科の先生方に呼びかけて、口腔内の健康と全身の状態に関する調査を実施。循環器内科の入院患者と健康状態にある人のデータを比較した結果、「入院患者の方が歯の本数が少なく噛む力が弱い」という傾向が見られた。

実は、この調査研究が「たかつきモデル」プロジェクトの発端となった。2017年11月からは107名の市民ボランティアの協力を得て、60〜80代を対象とした健康疫学調査もスタート。頸部エコー、認知症面接、動脈硬化検査、歯周組織検査や総合咬合力検査も行われた。本調査は、6ヶ月ごとに続けられる予定だ。

植野先生 口腔機能検査とは、噛む力、唇を閉じる力、舌圧を測るもの。今回の調査では、まだ粗データの段階ではありますが、最大咬合力と動脈硬化の値に関連性が見られました。よく食べ、よく話す、活発な方が循環器、血管の状態が良いという結果が伺えます。

循環器領域の病気は、重症化するまで症状が出ないことが多い。咬合力と動脈硬化の値が関連するメカニズムが明らかになれば、循環器疾患の早期発見につながる可能性も考えられる。

血管の測定データは、病気予防のバロメーター

心筋梗塞、脳梗塞など、さまざまな病気は動脈硬化の進展により発症する。もし、未病の段階で血管の傷みを発見することができれば、重症化を防げるかもしれない。「たかつきモデル」プロジェクトでは、より詳しく血管の状態を調べるために血管内皮機能検査を導入した。

星賀先生 一般的な健康診断では、血圧や血糖値、コレステロール値がそれぞれ『ちょっと高い』だけでは見逃しますよね。しかし、実際には小さな異常値が組み合わさって血管を傷める可能性があります。血管に注目することで、こうした見逃しを減らすことができます。

また、咬合力と動脈硬化の関連を明らかにするために、動脈硬化の程度や早期血管障害を検出する、PWV(脈波伝播速度)という検査も行った。

星賀先生 予備調査の段階では、歯の本数が多い人、総合咬合力の値の高い人、歯周病が進んでいない人はPWVの値が低く、血管がしなやかであるという結果が非常にクリアに出ました。

病気の予防と早期発見は、健康寿命の延伸の要でもある。今後の健康疫学調査では、食事や運動によって血管の状態がどのように変化するかを追跡。データを積み重ねて、市民の健康状態の向上につながるモデルづくりにつなげていきたい考えだ。

わかりやすい目標値があれば、健康への取り組みを促せる

これから、「たかつきモデル」プロジェクトでは、妊婦、子ども、働き盛りの30〜40代から高齢者まで、さまざまな年齢をターゲットとした健康疫学調査を予定している。そこから導き出された結果をもとに、わかりやすい目標を提示し市民の行動変容を促していく考えだ。

星賀先生 健康疫学調査では、『噛む力の数値は良いのか、悪いのか』などと、数値から自分の健康状態のレベルを知りたいというニーズを感じました。体重計に表示される「体年齢」は、健康レベルを可視化する非常にわかりやすい指標ですよね。高齢の方は「あなたは30代です」と言われたらお世辞でも嬉しい。同じようにたとえば、血管の状態についての標準曲線から「血管年齢」を表現し、実年齢より若い年齢を目指していただくのも、わかりやすい目標設定になるかもしれません。

高槻市の健康寿命を延伸するには、市民ひとりひとりによる主体的な健康増進への取り組みが不可欠だ。そのためには、知識と情報を伝える啓発活動も必要になるだろう。

植野先生 みなさん、病気になりにくい身体でいるために、具体的に何をすればいいのかを知りたいのだと思います。ところが、口腔内の健康状態を維持することが循環器疾患の発症予防につながることは、まだまだ知られていません。本プロジェクトを通じて、医師会、歯科医師会、薬剤師会が一緒になって市民を啓発できたら、より知識も情報も広がっていくのではないかと思っています。

5年後、あるいは10年後、「たかつきモデル」の効果が、疾病率の低下や医療費の削減といったかたちで現れたら、高槻市は“健康増進のまち”として世界中に認知される可能性もある。このプロジェクトは、成果につながる指標の解明を目指して、研究を進めていく。