研究プロジェクト

子育て世帯の生活保護給付金額が減少すると医療費が増加

大阪医科薬科大学 医学部 医学研究支援センター 医療統計室の西岡大輔助教は、京都大学大学院医学研究科 社会疫学分野 近藤尚己教授、一橋大学大学院経済学研究科 国際・公共政策大学院 高久玲音准教授らとの共同研究により、子育て世帯の生活保護給付金が月額5,000 円減少すると約25,000 円の医療費増に繋がる可能性を明らかにしました。

ポイント

  • 生活保護利用者への生活扶助費の減少が医療費に与える影響を5 自治体のデータを用いて検証しました。
  • 生活保護利用者への生活扶助費の減少は医療費の直接的な増加を引き起こす可能性を示しました。
  • 特に、入院医療費の増加と子ども以外の世帯員(親・祖父母など)の外来受診行動の変化が観察されました。

研究の概要

所得の減少は人々の健康に悪影響を及ぼします。最低限度の生活が経済的に保障されている生活保護利用者においても、制度上の理由で生活扶助費が減少することがあり、健康への影響が想定されます。生活保護利用者の健康状態は非利用者と比較して好ましくないことが知られており、生活扶助費の減少によって健康への悪影響が生じ、同じく公的に支出される医療扶助費の増加をもたらす可能性があります。本研究では、生活保護利用世帯への生活扶助費の減少が医療費に与える効果を検証しました。

2016 年4 月から2018 年9 月にかけて、5 自治体で子どもを養育している生活保護利用世帯を追跡しました。分析には、子どもが3歳に達すると生活扶助費が月額5,000 円減少する政策上の変化と月額世帯医療費の推移を利用しました。研究対象となった総世帯数は476、延べ観察世帯数は4,893 世帯でした。生活扶助費の減少前後で世帯医療費は平均24,857 円増加することがわかりました。特に、入院医療費の増加と第1 子以外の世帯員(親・祖父母など)の外来受診行動の変化などで説明されることがわかりました。

本研究の結果から、福祉事務所や保健医療従事者をはじめとする支援者は、利用者の生活扶助費が減少する際には健康への特別な注意が必要だと考えられます。また政策立案者には、生活扶助費を変更する場合に生じうる影響に関して入念で多面的な検討が求められます。これらの配慮により、利用者の健康を維持し、行政の財政負担を緩和できる可能性があります。

研究の背景

所得の減少は健康や健康行動に不利な影響を引き起こします。最低限度の生活が経済的に保障されている生活保護利用者においても、制度上の理由で世帯への生活扶助費の減少が生じることがあり、健康や健康行動へ影響することが想定されます。生活保護利用者の健康状態は一般集団と比べて好ましくないことが知られており、生活扶助費の減少が健康状態の悪化や受診行動の変化を引き起こし、同じく公的に支出されている医療費の増加を引き起こす可能性があります。しかしながら、生活保護利用者への給付、特に生活扶助費の変化が医療費に与える影響はいままで明らかになっていませんでした。そこで本研究では、生活保護を利用する子育て世帯への児童養育加算が、児が3 歳になる時点で月額5,000 円減少する外生的な生活扶助費の変化に注目し、その減少が医療費に与える効果を不連続回帰分析という計量経済学の手法を応用して検証することを目的としました。

本研究が社会に与える影響

本研究の結果から、生活保護利用世帯への政策的な生活扶助費の変化・変更が生じる際には、利用者の健康と行政の財政影響をともに評価するしくみが重要です。政策立案者には、利用者への生活扶助費を変更する場合に生じうる影響に関して多面的な検討が求められます。また、現在福祉事務所で実施されている被保護者健康管理支援事業に関連して、福祉事務所や保健医療従事者は利用者の健康状態に配慮することが重要です。

用語説明

生活扶助費
生活保護を利用している世帯に給付される、月額の生活費。居住地や世帯の構成などによって増減がある。

不連続回帰分析
計量経済学などで用いられる、政策などの効果検証のための分析手法。この分析により、あるカットオフの前後で生じる介入による因果効果を抽出できる。

被保護者健康管理支援事業
2021年1月より、各福祉事務所で必須事業となっている、生活保護制度の利用者に対する健康支援プログラム。データに基づく支援と、福祉と保健医療との連携が重視されている。

論文情報等

掲載雑誌
Nishioka D, Takaku R, Kondo N.
Medical expenditure after marginal cut of cash benefit among public assistance recipientsin Japan: Natural experimental evidence.
Journal of Epidemiology and Community Health Nov 2021. DOI:10.1136/jech-2021-217296(In press)

学会発表
Nishioka D, et al.
Impact of cutbacks in social security benefits on household medical care expenditure among public assistance recipients: Evidence from natural experiment involving age-basedeligibility threshold in Japan.
第15 回医療経済学会総会(オンライン:2020年9月)

西岡大輔、他.
生活保護利用世帯への給付額減少が世帯医療費に与える影響:準実験研究
第80 回日本公衆衛生学会総会(東京:2021 年12 月)

■本研究は、以下の研究費および事業費の助成を受けて実施しました。

・文部科学省科学研究費補助金
-生活保護受給者の健康支援に向けた新しいデータシステムの創生(17K19793)
-健康格差是正にむけた新しい公衆衛生マーケティング理論の構築と実践モデルの効果検証(18H04071)
-生活保護受給者の健康管理支援優先度導出システムの開発と利用による効果の実証分析(20K20774)
・一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会医療経済研究機構2019 年度(第23 回)研究助成
・平成30 年度および令和元年度厚生労働省社会福祉推進事業

近藤尚己は本研究プロジェクトに関連して、平成30 年度日本医師会医学研究奨励賞「行動科学理論に基づく情報通信技術を活用した健康格差是正手法の開発と効果検証」を受賞し、日本医師会による助成を受けています。近藤尚己はデータの提供を受けた北日本コンピューターサービス株式会社との間に締結した生活保護受給者への健康管理支援法の開発に関する共同研究契約のもとに、同社から共同研究費および奨学寄附金を受託しています。日本医師会および北日本コンピューターサービス株式会社は本調査研究のデザイン、データ分析、結果の解釈、報告方法のすべてにおいて関与していません。西岡大輔、高久玲音に開示すべき利益相反はありません。

問い合わせ先

大阪医科薬科大学 医学部 
医学研究支援センター 医療統計室
西岡 大輔 助教
E-mail daisuke.nishioka(at)ompu.ac.jp ※(at)を@に置き換えてください