INTRODUCTION

根本慎太郎専門教授の要請を受けた福井経編興業株式会社の尽力により、シンフォリウム®の原型となる生地はできあがった。手術によって子どもの体内に入れた後、その成長に応じて伸び広がっていく生地である。けれども、これで完成ではない。生地を心臓に縫い付けた後には血漏れを防ぎ、最終的には細胞と同化してなくなる。医療機器としての完成をめざすため、プロジェクトに加わったのが帝人株式会社である。そこから、また新たな挑戦が始まった。

一体、これでどうやって血を止めるのか

福井経編興業からの要請を受けて帝人は、担当者を福井に送り込み根本教授も交えたミーティングに臨んだ。新規事業を任されたのは当時、新事業本部に所属していた藤田顕久氏(現・コーポレート新事業本部 ピオリエ・ニュートラシューティカル部門 部門長)である。

藤田顕久 氏

 「根本先生は、とにかくど真ん中に直球を投げ込んでくる方です。その要望は極めてシンプル、“経編により子どもの成長に合わせて伸び広がっていく生地はできた、ただし編み物では手術後に血が漏れる、これを何とかシーリングしてほしい”といわれました。最初に話だけを聞いたときには、そもそも伸長するような生地が本当にできるのかと思っていました。けれども、実物を見せられると納得するしかない。関係者の尽力のお陰で、ここまで到達しているのなら、これを製品化できるかどうかは我々帝人の力次第なのだと、私も覚悟を決めたのです」

だからといって簡単に話を進められるような案件ではない。社内でも表立って否定されたりはしないものの、積極的に後押ししてもらえるような状況でもない。局面を変えるために藤田氏は補助金を取りに行った。根本教授から聞かされていた国からの補助金である。これを取れれば資金面で大きな後押しとなるのはもちろん、国からのお墨付きを得られた証となり、プロジェクトを大きく推進する要因にもなると考えたのだ。帝人が主体となり、大阪医科薬科大学と福井経編興業とのコンソーシアム形式での申請を行った結果、幸いにして2014年に経済産業省の「医工連携事業化推進事業」に採択された。
 「これで弾みが付くと思いました。そこで十川亮(現・インプランタブルメディカルデバイス開発部開発企画統括)をプロジェクトマネージャーとして、プロジェクトチームを立ち上げたのです」(藤田氏)

 いきなりマネージャーに抜擢された十川氏も、声をかけられた当初は五里霧中だったと振り返る。
 「まず根本先生が執刀する手術を見学させてもらいました。小さな赤ちゃんの開胸手術は、ドクターの技量が厳しく問われる術式です。オペでは、素人にも伝わってくるほどの集中力で、細かな作業が行われていました。こんな大変な手術に安心して使ってもらえる製品をつくるのは、並大抵の課題ではありません。実際に生地を見せてもらいましたが、これを一体どうやって止血すればいいのだろうと思いました。けれども、どの医師からも一致して、こんな製品を求めているのだといわれました。これだけ多くの先生たちが声を揃えて“欲しい”という製品など滅多にありません。だからその思いに、何としてでも応えなければいけないのだと自分に言い聞かせたのです」

乗り越えられる/られないではなく、何としても乗り越える

 十川氏らのチームがまず取り組んだのが、血漏れの防止策だ。そのためには経編でつくられた生地に膜を当てる必要がある。問題は、膜の素材である。膜としてクリアすべき条件はいくつもある。
 まず手術の際の使いやすさが大前提となる。手術が終わった後には、血液の漏れを防がなければならない。そのうえで一定の時間経過とともに膜が分解されていき、最終的には根本教授が求める「自分の組織への置き換え」も外せない条件となる。

十川亮 氏

 「プロジェクトを始めた段階で、あるコンサルタントにいわれました。十分な経験もなくリスクの高い医療機器開発に取り組むのは、たとえるならTシャツを着てエベレストに登るような無謀な行為だと。とはいえ、どれほど難易度が高くとも、決して乗り越えられそうにないとしても、何としても乗り越えるしかない。それだけの決意は固めていました」(十川氏)
 理想の膜素材を求めて、さまざまな生体吸収性ポリマーが試された。プロジェクトチームには帝人の研究所メンバー全員が加わり、出せる限りのアイデアを絞り出したうえで検討が重ねられた。やがて30ほどにアイデアが絞り込まれ、その中の1つ、架橋性を持つゼラチンにたどり着いた。ただし素材が決まったから、それで完成というほど単純な話ではない。ゼラチンだけで架橋の強度を保とうとすると膜が硬くなるため、グリセリンを加えて柔軟性を保持する。もとより手術での使いやすさも確保しなければならない。理想的な成分配合などを追求し、2年ほどの時間をかけてようやく膜が完成した。それでもまだ完成ではない。一つハードルをクリアすると、次のハードルが出てくる。

シンフォリウムは吸収性糸と非吸収性糸で編まれた経編構造に架橋ゼラチン膜でコーティングしています シンフォリウムは吸収性糸と非吸収性糸で編まれた経編構造に架橋ゼラチン膜でコーティングしています

 「試作品ができたから完成ではなく、実際に手術で使ってもらう製品として提供するためには、事前に製造設備などの体制も固めておく必要があります。体制整備のカギとなるのが、徹底した品質管理に基づき品質保証できる製造設備です」と十川氏はプロジェクトの次のステップを振り返る。

量産体制をいかに整えるか

 次の課題は品質保証体制の構築であり、医療機器の生産について国から認証を得なければならない。帝人はともかく福井経編興業にとっては医療機器への参入は初めての挑戦である。品質保証体制を整えるために帝人からアドバイザーを福井に送り込み、1年半ほどかけて福井経編興業のスタッフをサポートしながら体制を整えていった。

藤永賢太郎 氏

 この間の経緯を藤永賢太郎氏(現・インプランタブルメディカルデバイス開発部部長)は、次のように振り返る。
 「当社のスタッフを駐在させる件は、こちらから福井経編興業さんにお願いしました。医療機器として製造販売を行い、品質責任を負うのは帝人グループですから、我々がサプライチェーン全体の品質保証をしなければなりません。たとえば一連の作業はすべてクリーンルーム内で行います。クリーンルーム自体は注文すればできるけれども、そこで実際に作業を進めるためには、それなりのノウハウが欠かせません。最終的には福井経編興業さんに、医療機器の品質保証のための国際標準規格ISO 13485を取得してもらってもいます」
 量産に向けた体制が整えられるのと同時に、治験に備えた準備も進められていった。動物実験を行って各種のデータが蓄積されていく。最終的な製品の形も吟味を重ねながら決められていった。プロジェクトは2017年に、今度はAMED(日本医療研究開発機構)から「医工連携事業化推進事業」に採択されて補助金を受けている。この間に帝人では当初の生産設備を、別の工場に移転する作業も行っている。

今鹿倉仁 氏

 そして2019年、いよいよ治験が行われる運びとなった。後に海外展開のためにプロジェクトに携わるようになった今鹿倉仁氏(現・インプランタブルメディカルデバイス開発部 兼 再生医療戦略部 推進G シニアマネージャー)は、治験について次のような感想を述べている。
 「根本先生、福井経編興業さん、そして帝人が力を尽くして試作品は完成しました。けれども、これを医療機器として認めてもらうためには、最後に治験を行わなければなりません。私が何よりすごいなと思ったのは、治験に参加してくださったご家族の決断です。生まれて間もないお子さんに対して、まだ実績のない製品を使わせてもらうのです。通常の治験なら承諾を得るのは患者さん本人ですが、生まれたばかりの赤ちゃんには判断できません。もちろん十分に説明を尽くして、納得していただいてはいますが、それでもご両親のお気持ちには感銘を受けました」

マテリアルとヘルスケアの融合領域が拓く可能性

 治験は合計34人の子どもたちを対象として行われた。根本教授は、プロジェクトの当事者であるため治験に参加できない。信頼する医師たちに任せた手術は、すべて成功した。そこからさらに1年、経過観察が行われる。この間に万が一、何かトラブルが起これば、それは患者さんの命に直結する重大事となる。
 2021年12月20日、最後に治験の手術を受けた患者さんの経過観察が、無事に終了した。根本教授が決意を固めてから9年が経っていた。

中野孝之 氏

 「帝人にとっても極めて重要なチャレンジが、まず成功しました。シンフォリウム®は、私たちの事業領域でいえば、マテリアル部門とヘルスケア部門の融合領域に位置する製品です。日本初どころか世界初の製品であり、極めて高い専門性のもとに成り立っている。しかも根本教授をはじめとして治験に参加した医師の先生方の思いはいうまでもなく、その背景となっている患者さんたちの思いにも支えられた製品です。これを一人でも多くの患者さんに届けていくのが、私たちの責務だと考えました」と語るのは、ミッション・エグゼクティブ再生医療・埋込医療機器部門長の中野孝之氏だ。

 国内での供給を担当するのは帝人メディカルテクノロジー社であり、上市後の動きは順調に来ている。次の課題は海外展開、それも市場規模の大きなところとなる。帝人にとってもヘルスケア事業の海外展開は、大きなチャレンジとなる。そのために専属スタッフとして呼ばれたのが、今鹿倉氏である。根本教授も当初から海外展開を考えていた。シンフォリウム®は、世界も待ち望んでいた製品なのだ。
 ただヘルスケア産業はどの国にとっても、自国民を守るための重要産業であり、新規参入は容易ではない。海外展開の進捗について今鹿倉氏は「日本のPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)からアメリカのFDAにつないでもらいました。まずチャンネルができたのが、取っ掛かりとしては大きな成果です。ここからの道を広げて行くのがこれからの課題です」と語る。
 アメリカのFDAと交渉し、申請を出して承認を得るのが第一歩となる。帝人としてはアメリカから次はヨーロッパ、メディカル系企業のエリアへの展開までを視野に入れている。プロジェクトの進捗を改めて振り返って藤田氏は、次のように述べた。
 「何よりも強力な推進力となったのは、やはり根本先生のひたむきな思いです。困っている子どもたちを、なんとかして救いたい。初対面のときから、その気持ちがストレートに飛び込んできました。おかげで体内に埋め込んだ後に、溶けて消えるような世界初の製品を完成できた。この一歩の意味を常に噛み締めながら、次の展開へと踏み出していきたいと考えています」

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