INTRODUCTION
子ども、親、そして医師も感じる再手術の苦しみ

根本教授は新潟大学医学部出身、医学部生時代から心臓外科医をめざし、卒業後は東京女子医科大学・日本心臓血圧研究所に入局、循環器小児外科助手として腕を磨いた。続いてアメリカ、オーストラリアなどで研究に励んだ後日本に戻る。この間、アメリカ時代のボスにいわれた言葉が、ずっと頭に残っていた。
「Academic Surgeon、すなわち臨床、研究、教育を行う外科医をめざせといわれました。この言葉を残したのは、脳外科の父と呼ばれたアメリカのHarvey W. Cushingです。ボスは“外科医だからこそ心臓を手に取る資格とチャンスを持っているんだ。そんな外科医にしかできないサイエンスをやれ”と諭してくれた。それ以降、自分にしかできないサイエンスとは何か、といつも考えていたのです」
やがて大阪医科大学に赴任し小児心臓外科医として、先天性心疾患の手術に携わるようになった。その頃から子どもたちの未来に立ちはだかる障壁を、何とかしたいという強い思いに駆られるようになる。
先天性心疾患とは肺動脈への血管や弁が狭くなり、心臓の血液循環が滞りがちになる病だ。そのため手術によって血管の狭い部分を切り開き、修復パッチを当てて血管を広げる。
「そのパッチが問題なのです。パッチの材料は大きく分けて2種類あり、ウシの心臓など生物由来のもの、あるいは衣類などにも使われる化学工業製品です。いずれも手術後、数年を経た頃に問題を引き起こします」
問題とは、子どもが再手術を受けなければならない事態を意味する。ウシ由来のパッチは、経年劣化を起こして固く縮こまってしまう。一方、人工素材のパッチが、そもそも伸縮するはずもない。けれども赤ちゃんのときに手術を受けた子どもは、成長していく。その結果どこかの段階で必ず再手術を行い、パッチを交換しなければならない。再手術が子どもにとって、どれだけ過酷なものか。根本教授は自らも次男を複数回手術させていたから、子どものつらさはもとより、親の気持ちも痛いほどわかっていた。
「ようやく気づいたのです、Academic Surgeonとして自分にはやるべきことがあるではないかと。それは交換しなくても済むパッチの研究開発に他ならない。それまで自分で作ろうとは思いもしなかった。いずれ誰かが作ってくれるのではないかなどとぼんやり考えていたのです。でも、それを待っているようではだめだ。一体自分は今まで何をやっていたんだと反省しました。一刻も早く子どもたちを救うためには自分でやるしかない、そう決意したのです。2012年のことでした」
理想からスタートし、理想を突き詰める
交換しなくても済むパッチとは、どのようなものか。子どもの成長とともにそれ自身も成長する、すなわち伸び広がっていくようなパッチだ。もとより、先天性心疾患を抱えて生まれてくる子どもの再手術問題については、以前から世界の多くの小児心臓血管外科医たちが認識していた。
「だから以前からパッチに関する研究は、ずっと続けられていました。それらの論文を片っ端から読んでみると、希望がないわけではないのがわかりました。先行研究を踏まえて自分なりに考えた結果、パッチの素材についていろいろアイデアを思いついたのです。次にやるべきは、アイデアを形にするための協力者、具体的には試作品作りに協力してくれるメーカー探しです」
とはいえ、子どもの成長に合わせて伸張していくパッチとは、途方もないアイデアである。しかも試験的にサンプルを作って論文さえ書ければ、それで終わりという話ではない。実際に製品化して一人でも多くの子どもを、少しでも早く救わなければならない。製品化までにクリアすべきプロセスについても、根本教授は自分で調べていった。その結果、まず試作品が必要であり、次にそれを工業製品として成立させなければ実用化できないのがわかった。
「まず試作品作りに協力してくれそうなメーカーを探して十数社、手当たり次第に繊維メーカーに連絡しました。福井、和歌山、南大阪、愛媛から京都の西陣織の産地などにもメールを送ったものの、返事はありません。メールではダメなのかと思い、直接電話もかけてみましたが、どこも相手にしてくれません。そんなとき、ある新聞記事で、人工血管作りに挑戦している企業が紹介されていました。それが福井経編興業です。人工血管を作ろうとしているのなら、医学についての知識もあるだろうし、協力してくれるかもしれない。そう思って連絡すると、本学のある高槻まで会いに来てくれました」
そこから話が動き始めた。とはいえ福井経編興業との初回の開発会議で、根本教授の最初の言葉を聞いた同社の開発スタッフは唖然としたという。
「タテ、ヨコともに2倍に伸びる生地を作ってほしい」
明らかに想定外、あるいはあり得ないと表現したほうが正しいかもしれない。単に伸びるだけなら、伸縮性のある糸を使えば実現できる。けれども伸びるのはいいが、万が一にでも縮むのは絶対に許されない。子どもの心臓に使うものだから当然である。
にもかかわらずタテもヨコも2倍、面積にして4倍にまで広げなければならない。そんなものはどう考えても不可能——、誰もあえて口にはしなかったものの、これが福井縦編スタッフの共通認識だった。
「もちろん、すぐに一致団結してやりましょうといってくれるなどとは思っていませんでした。ただメンバーはみんな、心臓手術などまったく知りません。だから戸惑っている面もあるのではないかと、手術のビデオなどを見せながら説明を尽くしたのです」
そんな形ながらも、とりあえずプロジェクトはスタートした。メンバーの困惑ぶりを理解しながらも、根本教授に妥協するつもりは一切なかった。子どもたちのために、あくまでも理想を追求しなければならない。可能性を探るために、自らも糸や編機などについて一から学んでいった。
人を動かす、人の思い
プロジェクトの転機となった出来事がある。実際にパッチがどのように使われているのかと、福井縦編のメンバーから尋ねられた根本教授は、自ら執刀する手術を見学してもらった。
「手術を目のあたりに見たのが、かなりなインパクトを与えたようでした。生後間もない赤ちゃんを人工心肺につなぎ、心臓を止めた状態で手術する。パッチを当てて手術を終えると、人工心肺から心臓に血流を戻す。すると赤ちゃんの心臓が再び動き始めるのです。私が救いたいのは誰なのか、この子たちを救うためには何が必要なのか。言葉を尽くして語るよりも、よほど強い印象を与えたようでした」
根本教授の思いは、プロジェクトメンバーに確かに共有された。そこからプロジェクトは本格的に動き出す。福井縦編で試行錯誤が繰り返された。編み方に工夫をこらし、素材もさまざまなものを試していく。けれどもプロジェクト会議では毎回、見せられた試作品に対して根本教授は厳しい意見を投げかけた。
「もとより簡単にできるとは思っていませんでした。だからといって安易な妥協は絶対にしてはならないと、自分に言い聞かせてもいました。メンバーは手術のシーンを見ています。つまり何に使われるものを作っているのかを理解していて、その重要性についても共有できている。だからゴールがどのレベルにあるのかをはっきりと示すのが、私の役割だと心得ていたのです」
模索を続ける中で転機が訪れた。その瞬間についてプロジェクトメンバーは「ある日、突然神様が降りてきた」と表現している。それまでとは考え方を変えた結果、思いついたアイデアが解決策につながった。根本教授の思いに何とか応えたい、そんなメンバーの思いが最初の壁を突破する力となった。
ただし試作品ができたからといって、それを実際に赤ちゃんの手術に使うためには、越えなければならないハードルがまだいくつも残されている。次のハードルはクラス4、すなわち生命の危険に直結する高度医療機器としての製造と販売に関する承認の獲得であり、臨床試験(治験)が必要となる。条件をクリアするためには第一種医療機器製造販売業許可を持つ企業の参加が必須、けれども許可を持っているのは大企業に限られる。
「試作品を依頼したときと同じように、片っ端から大企業にあたっていきました。けれどもどこも相手にしてくれません。そんな中で福井縦編を通じて、帝人を紹介してもらえました。もっとも帝人も話は聞いてくれたものの、じゃあやりましょうとすぐにゴーサインを出してくれたわけではありません」
帝人クラスの企業ともなれば、新事業展開の際には株主や投資家の視線を意識しなければならない。新たな事業投資を行うのであれば、投資対効果が厳しく問われるのだ。それでも帝人の担当者は、根本教授や福井縦編とのコミュニケーションを通じて「このパッチを製品化できれば、患者さんたちの生活の質を向上させられる」という強い思いを共有するようになった。
再手術から子どもたちを救いたい
2014年、根本教授らのプロジェクトは、当時の経済産業省から「医工連携事業化推進事業」に採択された。研究開発のための助成金を得て、プロジェクトに弾みがつく。続いて2017年にはAMEDの「医工連携事業化推進事業」に採択された。さらに2018年、当時の「先駆け審査指定制度(現・先駆的薬品等指定制度)に指定され、治験計画を立てている。この間、根本教授は何度も経済産業省や厚生労働省に自ら足を運んでいる。
「たとえ30分程度の打合せとはいえ、霞が関まで出向いて話をしました。おかげで役所の担当者にも思いが伝わり、ある程度後押ししてもらえたものと受け止めています。医療機器におけるデバイスラグの問題や、医療機器に関する輸入超過問題を解決する一つの策になるとも思ってくれたのではないでしょうか」
2019年から治験が始められた。このときには日本小児循環器学会が、治験推進に協力してくれている。学会に関わる医師たちも、日々子どもたちの手術に携わりながら、根本教授と同じ思いに駆られていたのだ。日本を代表する複数の病院で行われた治験は、2020年に終了した。
2022年には治験主要評価項目を達成して、帝人において生産体制が構築された。その後、製造販売承認申請を2023年1月に行い、7月に認証取得。この間に日本小児循環器学会と日本小児心臓外科医会から適用指針策定の支援を受けている。
子どもたちの再手術を少しでも減らしたい。再手術を見守る親の気持ちを少しでも楽にしてあげたい。そんな思いの輪が広がっていき、2024年に心・血管修復パッチ『シンフォリウム®』は保険収載され、6月から販売開始された。
根本教授の思いは、すでに世界に向かっている。先天性心疾患の子どもは世界中にいる。そして救いたいのは、子どもにとどまらない。

「海外の心臓外科医にもシンフォリウム®を紹介して回っています。そのうえで次に作りたいのは、心臓の人工弁です。それも子ども用から始めて、いずれは成人用の製品開発までを見据えています。そんな自分について振り返ってみると、やはり原点は“Academic Surgeonであれ”という教えです。外科医は患者さんを治すために生きている。だから外科医として取り組むべき研究を考えれば、何をすべきか答えは自ずと出てきます」
根本教授の生涯をかけたテーマ「命を救う」、その実現のための歩みは止まることなく、思いはまわりを動かし続けている。