虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)

当科の冠動脈バイパス手術の歴史は古く、1974年から冠動脈バイパス手術を行っております。それ以降、冠動脈疾患に対する経皮的カテーテルインターベンション(PCI)療法の発達に伴って、当科でも手術成績の向上のために様々な新しい手術手技を導入してきました。当院循環器内科の協力を得て、当施設における冠動脈疾患に対する治療の変遷を以下の表に示しました。

当施設における冠動脈疾患に対するPCI・外科治療の変遷

PCI治療 外科治療
PTCAの導入 1974 CABGの開始
1979 GIK心筋保護液の使用
1981  
1984 左内胸動脈の使用開始
1986 胃大網動脈の使用
BareMetalステントの導入 1994 Terminal hot shot
術中大動脈超音波検査
単回大動脈遮断による中枢側吻合
1995 心拍動下冠動脈バイパスの導入
左大腿回旋動脈の使用
1997 低侵襲直接冠動脈バイパス
血液心筋保護液の使用
2001 撓骨動脈の使用
薬剤溶出性ステントの導入 2004 大動脈中枢側自動吻合器の導入
(PASPORT. Enclose II)

冠動脈バイパス手術だけでなく、虚血性心疾患に伴って起こる重篤な合併症で緊急手術の対象となる心室中隔穿孔、心破裂にも対応しています。その他、慢性的に虚血性心筋症に陥った心不全や僧帽弁閉鎖不全の患者様にも、左室形成術、僧帽弁手術などの複合手術を行っています。

冠動脈バイパス手術が必要な患者様で心臓弁膜症や大動脈瘤を合併している場合、弁形成、人工弁置換術や人工血管置換術も同時に組み合わせた手術を積極的に行っています。最近では慢性腎不全で透析を受けておられる患者様も増えてきていますので、集中治療専門医および血液浄化・透析専門医との連携を強化し、恒常的に手術を行っています。

虚血性心疾患

虚血性心疾患心臓を構成している筋肉(心筋)は冠動脈からの血液供給を受けることによって、休むことなく収縮、弛緩を繰り返し全身に血液を送り出しています。冠動脈は図に示すように左右の冠動脈が枝分かれし、心臓全体を取り巻くように分布しています。

冠動脈の内腔が狭くなったり、閉塞したりすることによって、心筋への血液供給が低下する状態を虚血と言います。心筋が虚血状態になると、胸部不快感、締め付けられるような胸部痛、激しい前胸部痛など様々な症状が出現します。

これら冠動脈狭窄や閉塞によって生じる病気を総称して虚血性心疾患といいます。代表的な虚血性心疾患として、狭心症や心筋梗塞が挙げられます。

狭心症

冠動脈内腔が細くなり心筋への血液供給量が低下し、心筋虚血を生じた状態を指します。冠動脈の動脈硬化や冠動脈の攣縮(れんしゅく:痙攣により縮まること)が内腔狭窄の原因となります。運動などをすると心臓の酸素消費量が増えるため、心筋虚血はさらにひどくなります。胸痛や胸の不快感などの狭心症状が出現します。

心筋梗塞

冠動脈が閉塞すると心筋に血液(酸素)が全く供給されなくなるため、心筋細胞の壊死すなわち心筋梗塞が起こります。心筋梗塞を起こすと約20−30%の方が、発症後早期に死亡すると言われています。また心不全、不整脈、心室中隔穿孔(左右の心室の間の壁に穴があくこと)、心破裂、心室瘤(心臓の一部がこぶ状に拡大)、僧帽弁閉鎖不全症などの合併症を併発することがあります。いずれも生命にかかわる合併症であり、時に緊急手術が必要となることもあります。

当院では心筋梗塞後合併症に対する治療も積極的に行っております。

治療方法

狭心症や心筋梗塞の原因となる冠動脈病変に対して、以下に示す3つの治療方法が基本となります。
冠動脈疾患に対しては、これらをうまく組み合わせて、治療を継続していく必要があります。

(1)薬物療法
抗血小板薬(血液をサラサラにして血栓が出来にくくする薬)や冠拡張薬(冠動脈を拡張させる薬)を使用
(2)カテーテル治療法
冠動脈の細くなった部分に、風船や金属の筒(ステント)を入れて膨らませる方法
(3)冠動脈バイパス手術
細くなった冠動脈部分を飛び越えて、血液供給が不足している冠動脈に新しく血液の通り道(バイパス)を作る方法

これら冠動脈疾患の治療に加えて、高血圧や高コレステロール血症、糖尿病など動脈硬化を予防するための内科的治療も同時に継続していく事が不可欠となります。

バイパス導管の種類

バイパス導入の種類現在使われている導管(グラフト)の種類は以下の通りです。それぞれに特徴がありますが、どのグラフトを用いるかは、患者様の手術前の状態(年齢、既往歴、動脈硬化の状態)、病変の場所や血管の太さなどを総合的に判断して決定します。

  • 足の静脈(大伏在静脈)
  • 胸の動脈(内胸動脈)
  • 胃の動脈(胃大網動脈)
  • 腕の動脈(橈骨動脈)

グラフト採取後に足、胸、胃、腕などの各種臓器で機能障害が起こらないか心配される患者様がたくさんおられますが、一般的に機能障害は認めません。例えば、足の静脈(大伏在静脈)を採った後も、今まで通り歩いたり走ったりするこができます。

従来の方法では、足の静脈採取の際,大腿や下腿に長い創が残りましたが、最近では、内視鏡を用いて小さな創で静脈グラフトを採取する方法を我が国でも比較的早い時期から積極的に採用しています、創が小さいため感染の危険が少なく、治癒も早く、また美容面でも傷口が目立ちません。

施術方法

手術方法

術前の患者様の全身状態に問題がなければ、人工心肺を使用し、心臓を止めて冠動脈バイパスを行うことを第一選択肢としています。心静止下に直径1-2mmの冠動脈に上記グラフト縫合を行うことができるため、安全で確実にバイパス作製を行うことが可能です。

しかし、何らかの原因で人工心肺が使用できない場合には、心臓を止めずにバイパスを行う方法も1998年から行っています(心拍動下冠動脈バイパス手術、オフポンプ冠動脈バイパス手術)。手術は4〜6時間ぐらいかかります。

手術は全身麻酔で行われますので手術中に痛みは全く感じません。術後の痛みも思っていたほど、強くなかったという意見をたくさんの患者様から、よく聞きます。

入院期間予定

手術約1週間前に入院して頂きます。入院後に担当医師と日時を調整し、御家族と共に詳しい手術説明を聞いて頂きます。手術後は集中治療室(ICU)に入り、そこで通常1−2日間滞在します。消化管の手術ではありませんので、人工呼吸器が外れれば、食事を食べて頂くことは可能です。

一般病棟へ移ると病棟内で歩行を始め、リハビリテーションを開始します。傷口が治り、シャワーを浴びることができるくらいまで回復すると退院して頂きます。通常、手術後2〜3週間が目安です。入院期間中はご家族による付き添い等の介護は原則不要で、専門にトレーニングを受けた看護スタッフとリハビリテーションスタッフが術後回復のお手伝いをさせて頂きます。

術後の外来通院

退院後は心臓血管外科外来に通院して頂き、傷の具合や内服薬の調整を行います。外科的な診察・治療が不要となった時点で紹介元の病院または医院に通院して頂くことになります。

一日でも早く、社会復帰して頂けるように、心臓外科医、循環器内科医、そして地元の先生方と一緒にお手伝いさせて頂きます。 不明な点、質問がございましたら、お気軽にご相談ください。