乳 腺

ごあいさつ

乳がんの罹患率は年々増加の一途をたどり、2000年頃より女性に発生するがんの第1位になっています。現在年間の罹患者数は約9万人であり、約9人に1人が乳がんになります。欧米ではすでに7-8人に1人が乳がんになるといわれており、日本でもさらに増えると予測されています。45歳から50歳と65歳から70歳代が多く、30歳代でかかる方も少なくありません。

当院はがん診療連携拠点病院であり、また日本乳癌学会の認定施設として、週5回の乳腺専門外来日(予約制)を中心に、ご紹介の患者様はもとより、術後の患者の希望に迅速に対応し得るよう乳腺指導医2名、専門医3人を含む専門のスタッフを配置し、診断から治療に至るまでの診療にあたっています。

乳腺の診断は良悪性の鑑別を含めて多岐にわたっており、正確な診断を行った上でEBM(Evidence Based Medicine)に基づいた的確な治療を行うことが重要です。また乳がん治療は手術療法、放射線療法、ホルモン療法、分子標的療法を適切に組み合わせることにより治療成績が向上します。

「患者本位の医療」の理念に基づく治療を提供するために、チーム医療を実践すべく、乳腺外科、放射線科、化学療法科、形成外科、病理など多科の医師さらに看護師、薬剤師、理学療法士と協力し、個々の患者の価値観に照らし合わせ、症例に応じた集学的加療を確立し、患者の満足度をより高める医療の実践を目指し、努力します。

診 断

当院では乳がんの診断目的に以下の検査を実施しています。これらの診断能を駆使し、より正確な診断を目指しています。

マンモグラフィ

乳房を台の上に置き、圧迫して撮影するX線検査です。少し痛みを伴うことがありますが診断には不可欠な検査です。市民検診でも実施されています。

乳房超音波検査

体にゼリーを塗りプローブ(超音波検査用器具)をあてて撮影する検査です。痛み、侵襲のない検査です。

CT、MRI

当院では3D(立体構築)処理可能なCTやMRI検査を行い、乳がんの拡がり、肝、肺、リンパ節転移の有無などの検査を行っています。

骨シンチグラフィ

全身の骨を調べるX線検査です。骨への転移の有無を調べます。

穿刺吸引細胞診

腫瘍(しこり)を超音波検査で確認しながら注射針を用いて穿刺して細胞を採取し、悪性か否かを調べる検査です。採血に用いるものと同様の注射針を使用します。

針生検

腫瘍(しこり)を超音波検査で確認しながら、局所麻酔を行った上で2mm程の太さの針を使用し細胞のみならず組織を採取し診断します。穿刺吸引細胞診と比較して診断能力に優れます。どのサブタイプ(乳がんの生物学的特性)の乳がんであるかも調べられる検査です。

乳腺腫瘍画像ガイド下吸引術(セレロ生検、マンモトーム生検、ATEC生検など)

腫瘍(しこり)を超音波検査で確認しながら、局所麻酔を行った上で5mm程の太さの針を使用し、さらに吸引をかけることで、針生検よりも多くの組織を採取します。実際に手術で腫瘤を摘出して診断する場合と比較して同等の診断能力があると言われています。さらに当院ではステレオガイド下マンモトーム生検装置も完備していますので、より微小な石灰化病変などに対しても診断が可能です。

これらの検査で組織を採取することによりエストロゲン、プロゲステロンレセプター(女性ホルモンの感受性)の有無、HER2(乳がんで過剰発現が認められることのある遺伝子タンパク)発現の有無、Ki67(癌の増殖活性)なども調べることが可能であり、個々の病状、がんの特性に応じた治療にも繋がります。

手術

現在年間約300例の患者様に手術を施行しております。精密検査の結果、可能であると判断した方には乳房温存療法を行います。その際、整容性を考慮した皮膚切開、周囲乳腺組織の移行、周囲皮弁の利用などを考慮します。さらに放射線療法を付加して根治性と整容性との両立を目指しています。現在の乳房温存率は約6割です。センチネルリンパ節生検は2001年より導入し、不必要な郭清を省略し、QOL(生活の質)の向上を図っています。

乳房温存手術(乳房部分切除術)

乳房温存手術とは乳房をすべて切除せず、乳頭乳輪を温存する手術のことで、乳房円状部分切除術と乳房扇状部分切除術があります。乳房円状部分切除術は腫瘍から一定の安全域(当院では原則1.5~2cmとしています)をとり円状に乳房を切除する方法です。

乳房扇状部分切除術はやはり一定の安全域をとり扇状に乳房を切除する方法です。腫瘍が乳頭方向に広がるケースでは、がんの取り残しがない様、また整容性が維持できる様両者のバランスを保つことを心掛け、扇状部分切除術が選択されます。現在年間約300例の患者様に手術を施行しておりますが、約60%の方は乳房温存手術をうけておられます。乳癌診療ガイドラインでは3cm以下の腫瘍、整容性が維持できるのであれば4cm以下の腫瘍が適応とされています。適応外の進行癌に対しても術前に化学療法や内分泌療法を行うことにより乳房温存手術が可能となる場合もあります。

また当院では乳房温存手術後の乳房変形を予防すべく切除した部位に周囲の乳腺組織や皮弁を充填する方法を実施しています。皮膚切開も乳房外縁や乳輪縁など極力整容性を考慮したものにする様心掛けています。乳房温存手術をうけた際には原則として追加の放射線療法が必要となります。

乳房全切除術、乳房再建術

乳房全切除術とは乳房をすべて切除する手術です。乳房温存手術の適応外と診断された方に実施しています。筋肉まで切除する拡大手術を施行することは現在ほぼ皆無となっています。乳房を失う喪失感、悲しみを少しでも和らげられる様、当院では形成外科と連携、協力し乳房再建術にも積極的に取り組んでいます。

乳房再建の適応となる方には一定の制限もありますが、皮膚温存乳房全切除術、乳頭乳輪温存乳房全切除術を施行した後、同時に乳房再建術を行うことも可能です。その際広背筋(背中の筋肉)や下腹部脂肪、腹部筋肉などを用いて乳房の膨らみを形成しています。さらにインプラント(乳房再建用の人工物)を用いた手術も導入しています。

センチネルリンパ節生検

センチネルリンパ節とは見張りリンパ節という意味です。乳癌は腋の奥にあるリンパ節にしばしば転移を引き起こします。転移があれば郭清(リンパ節をすべて取り除くことです。)の必要がありますが、転移がなければ省略することが可能です。それを見極めるために色素や放射性同位元素を用いて、手術中に最も近傍のリンパ節(見張りリンパ節)を同定し、まずそのリンパ節のみを切除(生検)して迅速病理検査を行い、転移がない、もしくは僅かであれば郭清を省略しています。郭清を行うと腕のむくみ(リンパ浮腫)やしびれ感などを生ずる場合がありますが省略することはそれらの予防となります。

薬物療法

乳がん治療は手術のみならず追加の複合治療を要することが多いといえます。使用可能な薬物療法には化学療法剤、ホルモン剤、分子標的治療薬などがあります。乳がんには様々なサブタイプ(生物学的特性)があり、また病状、病期によっても治療法が大きく異なるため、それらを正確に診断しつつ的確な治療法を選択する必要があります。主な薬物療法に以下のものがあげられます。

化学療法(抗がん剤)

再発リスクが高い癌には化学療法を要します。具体的にはリンパ節転移を認める、腫瘍が大きい、癌の顔つきが悪い(異型度が高いもの)、血管、リンパ管侵襲がある、ホルモン感受性が低い、HER2過剰発現を認めるなどの項目があげられます。より適切に化学療法を適用するためにオンコタイプDxと呼ばれる検査も積極的に推奨しています。

様々な抗がん剤が開発されていますが、再発リスクの高い症例にはアンスラサイクリンにタキサンを追加した療法が推奨されています。当院ではアンスラサイクリンとしてEC(エピルビシン+サイクロフォスファミド)療法を、タキサンとしてドセタキセルをそれぞれ3週に1回、4回ずつの投与(計8回)を行っています。その他再発リスクに応じてドセタキセル+サイクロフォスファミド(TC療法)、経口(のみ薬)フッ化ピリミジンの投与なども施行しています。

さらに再発症例に対しては、カペシタビン、TS-1、ゲムシタビン、ビノレルビン、エリブリン、アルブミン懸濁型パクリタキセルなどの単独または併用療法も行っています。科学的根拠に基づき、個々の状態に応じた最新かつ最善の化学療法を選択する様心掛けています。

その際より安全な治療を行なうべく、専門医師、薬剤師、看護師の管理下、外来化学療法センターにおいて実施しています。また術前化学療法も積極的に導入し、根治性、乳房温存率の向上を図っています。

内分泌(ホルモン)療法

エストロゲンレセプター(女性ホルモンの感受性)を有する乳がんは内分泌療法の対象となります。そのような乳がんは女性ホルモンに依存して増殖するためです。

閉経後乳がんにはアロマターゼ阻害剤(アナストロゾール、エクセメスタン、レトロゾール)を内服することが、また閉経前乳がんにはタモキシフェンおよびLH-RH アゴニストの投与が推奨されています。通常5~10年間継続します。再発の際にもホルモン療法には一定の効果が期待できるといえます。生命を脅かす病変がない限り患者様への負担が比較的軽い本治療の継続も行っています。

分子標的治療

抗HER2療法

HER2陽性の乳がんには抗HER2療法が推奨されています。術前および術後の補助療法や、転移、再発の際にも有効であり、化学療法、内分泌療法などとの併用もしくは単独での投与を行っています。トラスツズマブ、ペルツズマブ、トラスツズマブエムタンシン、トラスツズマブデスクステカン、ラパチニブなどが使用できます。

血管新生阻害薬

VEGF(がんの血管形成や維持をサポートするもの)抗体であるベバシズマブは抗がん剤であるパクリタキセルとの併用が必要であるため、やはり適応の転移再発症例に投与を行っています。

CDK4/6阻害剤、mTOR阻害剤など

近年ホルモン剤との併用により治療効果の改善が報告されています。当院でも最新のエビデンスに基づいて積極的に使用しています。

PARP阻害剤、免疫チェックポイント阻害剤など

近年の研究により乳がんの性質がより詳細に解明されるようになり、その性質にあった薬剤の選択が推奨されています。当院でも最新のエビデンスに基づいて積極的に使用しています。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群

乳がん患者、卵巣がん患者の中には血縁者の中に乳がんや卵巣がんを発症された方が複数いることがあります。この原因の1つとしてBRCA遺伝子の関連が知られています。BRCA1遺伝子もしくはBRCA2遺伝子の病的変異がある場合に、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」と診断されます。当院では遺伝性乳がん卵巣がん症候群に関するカウンセリングや、患者やご家族の「心のケア」にも配慮しています。またリスク低減目的の乳房や卵巣卵管の予防切除にも対応しています。