研究紹介

  1. 法医解剖における若年性心臓性突然死に対する新たな診断指標の確立
  2. 法医学におけるヒト毛髪の応用
  3. 遺体皮下脂肪組織中に存在する脂肪幹細胞の評価と応用方法の探索
  4. 法医解剖で用いられる種々の身体所見の多角的評価と、解剖実務へのフィードバック
  5. 質量分析法を用いた新たな死後経過時間推定法の確立に関する研究
  6. 法医学を取り巻く諸問題に対する日本国政府の動向に関する研究
  7. 遺伝的多型と法医学実務への応用
  8. 劣化DNA試料を対象としたDNA型検査法に関する研究

法医解剖における若年性心臓性突然死に対する新たな診断指標の確立

法医解剖では、解剖および各種検査によっても死因の判断に苦慮する場合が多い。さらに、生前の生活状況や疾病等の情報が乏しいことが少なくない。なかでも致死性不整脈によると考えられる若年性心臓性突然死は、社会的および遺族への影響も大きく、その成因について解明することは重要であると考えられる。そこで本研究では、遺伝子変異検索および質量分析計を用いた生体内代謝物の精密分析を行い、致死性不整脈による突然死例の遺伝的素因と代謝物変動の解析を行う事によってその関係性を検討し、若年性心臓性突然死に対する新たな診断指標の確立を試みる。

法医学におけるヒト毛髪の応用

体内に摂取された薬物は、その極一部が血液中の栄養分などと共に毛髪中へと取り込まれ,毛髪の角化と共に毛髪組織あるいは色素などと結合して定着し,取り込まれた薬物の分布形状を維持したまま,毛髪の伸長(約1cm/月)と共に毛幹(頭皮外に露出した部位)側へと移行していくと考えられている。そのため毛髪は,薬物使用歴を記録した磁気テープに例えられ、薬物摂取から相当時間が経過し血液や尿からでは摂取薬物の検出ができないような事案、あるいは死後長期間経過したために血液や尿、臓器などの試料が採取できない場合に、それに代わる試料として利用できる可能性が高い。すなわち、毛髪に取り込まれた薬物成分を検出することで、使用された薬物を特定できるだけでなく、毛髪中の取り込まれた位置から摂取した時期の推定も可能となる。そこで、当教室では毛髪を試料として以下の研究を進めている。

  1. 睡眠薬を悪用した性犯罪(いわゆるデートレイプドラッグ事案)や殺人事件における使用薬物の特定と使用時期の推定
  2. 毛根を試料とした、急性薬物中毒死の死因究明
  3. 毛髪中疾患マーカーの探索と死因究明への応用

遺体皮下脂肪組織中に存在する脂肪幹細胞の評価と応用方法の探索

死後、体内すべての細胞が短期間で一斉に機能を失うわけではなく、死体の置かれた環境によっては体内の細胞は数日間生存する。本研究の目的は、死体から採取した皮下脂肪組織中に存在する接着性細胞の性質を評価し死者の生きた情報を保管する技術を確立することや、得られた細胞を再生医療に応用することである。倫理的に、組織・細胞の採取は法医解剖中に死体の損壊を新たに加えない、または新たな損壊が軽微な部位で行うべきである。さらに、肉眼的に損傷、腐敗進行の程度が少ない部位が容易に選択可能であり、自己融解や腐敗の影響を受けにくい組織中の細胞が好ましい。そこで、本研究はこれらの条件を満たす細胞として、腋窩脂肪組織中の接着性細胞に注目した。
年齢、性別は問わず、肉眼的に腐敗がない、または軽微で、かつ外表の損傷がない、または軽度である死体を対象とし、腋窩から脂肪組織を採取した。得られた脂肪組織をコラゲナーゼ/ディスパーゼで処理し、細胞を単離した。単離した細胞をSYTO 9と7-Amino-Actinomycin Dで染色し、生細胞と死細胞の比を求めた。次に、生細胞を培養し接着性細胞の有無を確認した。接着性細胞が得られた場合はその質を抗ヒトCD44抗体、CD90抗体、及びCD105抗体等で評価した。
高齢死体の脂肪組織からも接着性細胞が採取可能であり、それらは脂肪由来間葉系幹細胞であった。現在、その応用方法を模索中である。

法医解剖で用いられる種々の身体所見の多角的評価と、解剖実務へのフィードバック

死因究明は、法医解剖における最大の目的である。当然、その対象は遺体であるため、臨床でなされるような、生化学的検査や画像検査などを用いた病態の経時的把握は困難である。そこで、法医学者は遺体の外表所見・臓器所見を観察することで、死因究明の一助としている。具体的には、筋肉や諸臓器の色調・硬さといった一見単純なものや、死亡時環境に特異的な古典的所見(例えば、凍死症例にみられやすい胃粘膜の黒色出血斑や、溺死症例にみられやすい肺末梢領域の出血斑など)といった多種多様な所見が用いられる。その識別・判別は、各法医学者の五感をもとになされるのが基本であるため、実務において各所見の有無や程度、その意義について苦慮することもしばしばである。そこで、そうした所見群に焦点を当て、計測化学的手法や病理組織学的手法を用いることで、その所見の客観的評価を試みる。その解析結果をもとに、各所見に客観的な指標を見出し、将来の法医解剖実務に還元したい。

質量分析法を用いた新たな死後経過時間推定法の確立に関する研究

死後経過時間の推定は、法医実務上重要な課題の1つである。現在、死体現象を包括的に判断し推定する方法がとられているが、時間軸に幅を生じせざるを得ないケースは多い。そのうち、胃内容物の消化の程度を利用した推定法は、鑑定医の視覚や触覚等に依存するという主観的要素が強く、客観的な指標とは言い難い状況である。そこで、我々は胃内容物を精密質量分析することによる新たな死後経過時間推定方法の確立を目指し、まずは日本人の主食である米飯に着目して研究を進めているところである。具体的には、in vitro下において、人工胃液と米飯の消化反応を進め、内部標準の面積値と検出された米飯由来アミノ酸の面積値の割合を解析の指標としている。一部のアミノ酸については、経時的統計学的有意な変動が確認されており、引き続き検討を進めているところである。

法医学を取り巻く諸問題に対する日本国政府の動向に関する研究

日本国は議院内閣制を導入しているため、時の内閣の考え方は、すなわち日本国家としての答えともなりうる。それら内閣の考え方を知る方法としては、1)国会本会議および各種委員会での質疑、2)質問主意書の提出、これら2つが存在し、国会法にて定められている。
法医学分野においては、鑑定医の人員不足等をはじめとする問題が山積しているが、これら諸問題に対して国家がどのような考え方を有しているのかについての調査研究は存在しない。
そこでまず、2)の質問主意書を用いて日本国憲法下期間における調査を行ったところ、諸問題に対する国家の考え方が変遷していることが分かったところである。今後は1)の質疑にスポットを当てて調査を進めていく予定である。
また、これまでに法医学が関わる通知が各省庁から発出されているが、それらが発出されることになった背景について、法医学業界内でも真意不明となっているケースも存在している。それらを調査し整理しておくことは、法医学の近代歴史を理解するうえでも必須であり、現在調査を進めている。

遺伝的多型と法医学実務への応用

遺伝的多型とは生物の特定のゲノム領域において、個体間で遺伝的な相違を示す現象である。ABO血液型はヒトの遺伝的多型形質としてはじめて発見された形質で、ヒトの多型の出発点となった。ヒトに関する多型研究は血液型から血球酵素、血清・血漿タンパク質の研究に拡がり、その展開過程においては装置の工夫や手技・手腕など個人的な工夫といった側面が研究の大きな一助となっていたが、実務における標的がゲノムDNAになった今日では周知のごとく、方法論の世界標準化が一挙に達成された。このことは実務上得られたデータが世界のどこででも、標準化された同じ検査キットと装置を用いられている限り、照合できることを意味している。
また照合の精度はきわめて高く、最新の検査キットでは常染色体のマーカー(short tandem repeat、STR)では21種類(=21ローカス)の遺伝子型情報を得ることができ、Y染色体STRキットでは25種類(=25ローカス)の型をハプロタイプとして取得できる。この両者を用いると、多量の女性由来DNAにまざった少量の男性DNAを、試料由来源の女性のDNA型はもとより、混在する男性の特定にもつなぐことができる。また、母系遺伝のミトコンドリア高変異領域の配列解析を行えば、毛根のない毛髪試料からでも、個人の特定が不可能ではなくなった。
このように検査方法として検査キット・装置が統合・標準化された現在、法医学的な研究対象としてのDNAは自ずと乳幼児や若年者の突然死に関するゲノムワイドな原因探索に向かうのが必然であり、すでに多数の報告がある。現在、捜査機関の都合で解剖嘱託のない乳幼児の突然死の解明が停滞させられているのはきわめて遺憾であるが、社会問題化している孤独死者の身元特定に関わる嘱託が急増しており、その中に新規に生じた突然変異例や稀な変異型の例がある。こういった事例ではSTRの長さの解析だけでなく、リピートユニットの詳細な配列解析が必要であり、配列解析の迅速・効率化を工夫しているところである。

劣化DNA試料を対象としたDNA型検査法に関する研究

法医学分野において個人識別は重要な役割のひとつである。その方法にDNA型検査(DNA鑑定)があり、犯罪捜査や身元の特定に用いられる。DNA鑑定に用いられるDNAは現場で採取された血液、皮膚片、爪及び骨等、様々な試料から抽出される。微量なDNAからもDNA型の検出が可能であり、DNA鑑定の精度は高い。しかしながら、さまざまな環境下で時を経た試料から抽出されたDNAは劣化しており(劣化DNA)、DNA鑑定をさまざまな形で困難にする。すなわち、劣化DNAを用いてDNA鑑定を行った場合、DNA型の検出率の低下とともにDNA鑑定の精度も低下する。
そこで当教室では、劣化DNAを対象としたDNA鑑定の精度向上を目指して研究を進めている。劣化DNAが含まれる試料のDNA鑑定が困難な一因として、DNA型検査が無効となるDNA劣化の程度を定量的に評価する方法が一元的に定まっていないことがあげられる。現在、DNA鑑定に有効な劣化DNAの量をDNAの劣化の種類やその程度に応じて探索しているところである。

設置主要機器

  • LCMS-9030 (SHIMADZU)
  • LCMS-8045 (SHIMADZU)
  • GCMS-TQ8030 (SHIMADZU)
  • Qubit™ 4 Fluorometer (Thermo Fisher Scientific)
  • NanoDrop™ One (Thermo Fisher Scientific)
  • SeqStudio Genetic Analyzer (Thermo Fisher Scientific)
  • Ion PGM™システム(Thermo Fisher Scientific)
  • Ion Chef™ Instrument (Thermo Fisher Scientific)
  • Ion OneTouch™ 2 Instrument (Thermo Fisher Scientific)
  • ProFlex™ PCR System (Thermo Fisher Scientific)
  • Countess™ 2 FL Automated Cell Counter (Thermo Fisher Scientific)

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