研究の紹介

現在の研究―生体触媒反応論

 酵素が驚異的な触媒能力を持っていることの理由には W.P. Jencks によって網羅的に示されたように様々なものが考えられており,複雑に見えますが,その機構を熱力学的に整理すると,次のようになります(林,2001).

 これらの中で,「開始状態の不安定化」をエンタルピー項によってもたらす「遊離酵素の歪み」はアスパラギン酸アミノ基転移酵素において明らかになりました(Hayashi et al, 1998).それまでは酵素反応における「歪み」の役割は基底状態,すなわち ES 複合体におけるものであり,これは kcat を上昇させるものの,酵素反応においてより本質的なパラメータである kcat/Km は全く変化させないことになります.それに対して遊離酵素すなわち E の歪みは,それが遷移状態において解消あるいは軽減されるものであれば, kcat/Km を上昇させます.こういった観点から酵素触媒反応を理解することを続けています.
 もう一つの関心は基質が酵素反応に積極的にかかわる現象です.トレオニン合成酵素では基質 O-ホスホホモセリンから遊離したリン酸がその場所にとどまり,基質 β-位への水分子の求核付加を助けています.そしてそれによって本酵素の反応特異性の重要部分(γ-リアーゼ反応を行わず β-シンターゼ反応を行う)を担っていることを明らかにしました(Murakawa T. et al. 2011).このような「生成物支援触媒」の機構としては世界で 2 例目の報告ですが,その後,1 例目は誤りであることが分ったので,事実上最初の例となりました.

最近の研究から

 現在までに明らかになったトレオニン合成酵素の反応機構を下に示します.この中で 7 から 8 に変化するところで,活性部位のリン酸イオンが水分子を固定し,それに対して活性部位のリシン残基(最初の遊離酵素の状態で補酵素ピリドキサールリン酸を結合していたリシン残基)が一般塩基触媒として働いて水分子の Cβ への付加が起こります.また,プロトンを受け取ったリシンのアミノ基はリン酸とイオン的相互作用を行いますので,リシンのアミノ基の塩基性がリン酸イオンによって高まっていることになります.これが上記の生成物支援触媒の機構です.これは筑波大学の庄司光男博士の量子力学/分子力学ハイブリッド法を用いた計算によって明らかとなりました(Shoji et al., 2014).

 さらに,基質アナログとトレオニン合成酵素との反応を種々の pH で観測することにより,この酵素における複雑なプロトン移動が溶媒から隔離された状態で行われていること,また生成物のリン酸イオンがリシンの塩基性を高めたのと同じように,基質のリン酸基がリシンの塩基性を高め,それによって中間体 3 の生成が促進されていることが分かりました.すなわち生成物支援触媒のみならず以前からいくつかの例が見つかっていた基質支援触媒でもあったということが分かりました(Machida et al., 2020).
 それとともに注目されることは,基質アミノ酸はアミノ基がプロトン化されていない,マイナーな形が酵素に結合することがわかりました.これは,従来アミノ酸基質は主要な形である双性イオンの形として結合し,その後活性部位にある塩基によってプロトンが引き抜かれるという仮説が数多く語られてきましたが,そのような塩基の存在を想定する必要がないことを意味しております.このことは 2014 年の総説において三次元エネルギー準位図を用いて考察した結論と合致しております(林,2014).

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