物理量とは,物理的な実体・活動・状態の有する量的に定まった性質のことである.この定義に当てはまらない量として,甘さなどの感覚量,手触りのような感性量,価格,点数などがある.生理的反応の評価に使われる量,たとえば半数致死量なども物理的実体が伴っていないということから,一般には物理量と見なされない.
単位とは,明確な方法によって大きさが定められた物理量である.単位と単位量(例えば \(\small\mathrm{m}\) と \(\small1\:\mathrm{m}\) )を区別すべきであるという考えもあるが,私の立場では両者は同じものと考える.一般に物理量は単位の倍数,すなわち数値と単位の積として表される.
例えば,A4 版の紙の横の長さ \(\small l\) は一つの物理量である.長さの単位にはさまざまなものがあるが,国際単位系で定められた長さの単位である \(\small1\:\mathrm{m}\) は \(\small1/299792458\:\mathrm{s}\) の時間に光が真空中を伝わる距離として定義される.\(\small l\) を \(\small1\:\mathrm{m}\) で割れば,\(\small0.21\) となる.すなわち,
\(\small\displaystyle\frac{l}{1\:\mathrm{m}}=0.21\)
あるいは \(\small1\) を省略して,
\(\small\displaystyle\frac{l}{\mathrm{m}}=0.21\)
これを変形すると,
\(\small l=0.21\:\mathrm{m}\)
となる.ここで数値と単位の間には空白が必要であり,この空白は積を表す記号になる.\(\small l\) を \(\small1\:\mathrm{cm}\) で割れば \(\small21\) となり,\(\small l\) を \(\small1\:\mathrm{mm}\) で割れば \(\small210\) となる.上と同様に考えて,
\(\small l=0.21\:\mathrm{m}=21\:\mathrm{cm}=210\:\mathrm{mm}\)
このように,単位が異なれば \(\small l\) を数値と単位の積として表す際の数値は異なる.しかし,\(\small l\) 自体は同じである.これは \(\small l\) が物理量であるからである.物理学や化学などの自然科学では,理論の構築において物理量を記号で表わすが,物理量自体は上記のように単位に無関係であるので,記号に単位を併記することは無意味であるばかりでなく有害である.
たとえば,長方形の面積 \(\small S\) は二辺の長さ \(\small a\) と \(\small b\) を用いて\(\small S=ab\) となるが,\(\small S\),\(\small a\),\(\small b\) の定義においても,\(\small S=ab\) の式においても,単位の記載は不要である.単位は \(\small S\),\(\small a\),\(\small b\) の中に含まれているからである.このように,数式の記号が物理量を表すような方程式を量方程式という.
物理量どうしの演算によって新たな物理量が作られた場合,単位も同じ演算によって新たな単位となる.たとえば A4 版の紙の面積は
\(\small\begin{align}
S & =ab \\
& =0.21\:\mathrm{m}\times0.297\:\mathrm{m} \\
& =0.06237\:\mathrm{m^{2}}
\end{align}\)
となる.別の単位を用いると,
\(\small\begin{align}
S & =ab \\
& =21\:\mathrm{cm}\times29.7\:\mathrm{cm} \\
& =623.7\:\mathrm{cm^{2}}
\end{align}\)
となるが,明らかに \(\small S\) は同じである.極端な例で実際は使われないが,
\(\small\begin{align}
S & =ab \\
& =0.00021\:\mathrm{km}\times297000\:\mathrm{\mu m} \\
& =6.237\:\mathrm{dm^{2}}
\end{align}\)
と書くこともまったく正しい.このように量方程式は単位の選び方には無関係に成立し,単位の換算も一つの式の中で行うことができる.なお,物理量の考え方からして,式の途中で単位を省略することは許されない.量方程式に対して,数式の記号が数値を表す方程式を数値方程式という.A4 版の紙の面積の例でいえば,
\(\small\begin{align}
\left\{S\right\}_{\mathrm{cm}^{2}} & =\left\{a\right\}_{\mathrm{cm}}\left\{b\right\}_{\mathrm{cm}} \\
& =21\times29.7 \\
& =62.37
\end{align}\)
が数値方程式の一つである.数値方程式では使用する単位により別々の式を用意しなければならない.たとえば,
\(\small\begin{align}
\left\{S\right\}_{\mathrm{cm}^{2}} & =10000\left\{a\right\}_{\mathrm{m}}\left\{b\right\}_{\mathrm{m}} \\
& =10000\times0.21\times0.297 \\
& =62.37
\end{align}\)
となる.数値方程式では方程式に単位の換算による余分の係数が入り込む.余分の係数はなくそうとすれば,使用する単位を SI 接頭辞のない単位(質量については kg)に統一しなければならない.式の持つ物理的意味の重要性を考えると,自然科学においては記号が物理量を意味する量方程式を用いるべきである.
我国の初等中等教育では,たとえば A4 版の紙の面積の計算は次のように記述されている.
\(\small\begin{align}
S & =ab \\
& =21\times29.7 \\
& =62.37\:[\mathrm{cm}^{2}]
\end{align}\)
これは量方程式とも数値方程式とも異なる我国の初等中等教育独特の記法である.1 段目に単位が記載されていないことから一見,量方程式のように見えるが,2 段目は数値方程式の書き方である.また,最後の \(\small\left[\mathrm{cm}^{2}\right]\) (実際は亀甲括弧)がどこまで指し示しているのかが不明確であり,世界的に見ても奇妙で非合理的な記述と言わざるを得ない.その一方で,物理定数などは,たとえば気体定数は \(\small R=8.3144621\:\mathrm{J}/\left(\mathrm{K\cdot\mathrm{mol}}\right)\) というように,量方程式の記法をしている.この一貫性のなさは,初学者の学習において無用の混乱を招き,物理量の概念の正確な理解を妨げる原因となっている.