杉山 紀之

一次繊毛は尿細管の形成と維持を司る。
~嚢胞腎と急性腎障害への関与~

 繊毛は原生動物からヒトに至るまで真核生物に広く保存された細胞内小器官であり、その存在は古くから知られていました。繊毛は細胞体から細胞外へ突出した構造体であり、運動性繊毛と非運動性繊毛の2種類に分類されます(図1A)。運動性繊毛は高速な波動運動をすることを特徴とし、気管上皮、卵管上皮細胞、精子、脳室上衣細胞など限られた細胞に1本から数百本が生えています。 一方、非運動性の繊毛の多くは嗅繊毛のような例外を除き、生体内の多くの細胞で1本だけ生えています(図1B)。このような非運動性繊毛を一次繊毛(primary cilium)と呼び、ほぼ全ての細胞が有しています。私はこの一次繊毛に興味を持っています。
 一次繊毛の異常は嚢胞腎、肝臓・胆管異常、内臓逆位、多指症、脳梁低形成、認知障害、網膜色素変性症、骨格異常、糖尿病など多岐にわたる疾患を生じ、これら繊毛に関わる遺伝子性疾患を繊毛病(ciliopathy)と呼びます(表1)。その中で、私は嚢胞腎の発生機序に注目して、一次繊毛が司る尿細管の形成・維持機構を解析しています。
 腎臓の尿細管上皮細胞の一次繊毛は尿細管内腔に向けて生えており、原尿の流れに沿って倒れ、あるいは原尿内因子を受容して、上皮細胞内にシグナルを伝達していると考えられます。この繊毛に異常が生じると、尿細管が拡張して嚢胞が形成されます(図2A)。嚢胞化は、尿細管上皮細胞の異常増殖、アポトーシスの亢進や間質の線維化などの多くの現象により起こります。私はこれらの異常は繊毛からのシグナルの乱れに起因すると予想しています。

 これまでに嚢胞腎を発症する遺伝子性疾患である家族性若年性ネフロン癆 (nephronopthi-sis: NPHP)type 2のモデルマウスを用いて、嚢胞腎における細胞内シグナル伝達系のスクリーニングを行いました。その結果、古典的MAP KinaseカスケードのERKシグナルとp38 MAPKシグナルが嚢胞発生初期から異常活性化していることを見出しました。これらの阻害により、嚢胞化を抑制することに成功しています(図2B&C)。
また、嚢胞腎の尿細管上皮細胞の細胞分裂方向が乱れていることを見出しました(図3)。

 最近、嚢胞化に細胞極性が関与していることが他の研究室からも報告されております。現在、NPHP2モデルマウスおよび他の嚢胞腎を発症する他系統のマウスを用いて、嚢胞化と細胞極性の関係を研究しています。
さらに、一次繊毛が腎障害後の尿細管再生にも関与していることが報告されています。そこで、急性腎不全モデルマウスを作製して、尿細管再生時における一次繊毛の機能解析についても研究しています。
我々の体は組織の大きさ、かたちが厳密にプログラムされて形成・維持されています。一次繊毛が尿細管のかたち・太さを感知して正常な形態を維持しており、嚢胞腎は一次繊毛の異常により形成・維持機構が破綻した結果だと考えています。これらの研究は繊毛異常によっておこる疾患の原因解明や腎障害後の尿細管再生の機構解析といった医学・臨床的にも重要であり、さらに尿細管の形成・維持機構の解明といった生物学的にも重要な情報が得られると考えています。

[参考文献]
Nephrol Dial Transplant. 2012 Apr;27(4): 1351-8.
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Acta Histochem Cytochem. 2009 Apr 28;42(2):39-45.
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