2020年2021年Pro■le福森 亮雄 Akio Fukumori2000年2006年2007年2013年2016年2017年大阪大学医学部医学科卒業・研修医大阪大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻修了ミュンヘン大学医学部代謝生化学ドイツ神経変性疾患センター 博士研究員大阪大学大学院医学系研究科 精神健康医学講座 助教国立長寿医療研究センター 分子基盤研究部認知症病態解析室長大阪薬科大学 薬物治療学Ⅱ研究室 教授大阪医科薬科大学 薬学部 薬物治療学Ⅱ研究室 教授Osaka Medical and Pharmaceutical University られます。γセクレターゼは、この前駆体からアミロイドβを切り出す役割を果たしているのです。γセクレターゼに限らず酵素は通常なら、水を使った加水分解によってタンパク質を分解します。ところがγセクレターゼは水の存在しない膜内にあるにもかかわらず、水なしでどうやって加水分解しているのかが謎となっていました。やがて研究が進み、膜内にも水があるとわかってきましたが、それでもγセクレターゼには何か特殊な仕組みがあると考えられています。そのメカニズムを解き明かせれば、アルツハイマー病の発症そのものを抑えられる可能性が出てきます。― アルツハイマー病を発症する人は、50代ぐらいからアミロイドβの蓄積が始まっていると聞きました。 実際に病気を発症するのは80歳ぐらいが多いのですが、50歳ぐらいからアミロイドβはたまり始めて、60歳ぐらいになるとかなりたくさんたまっているようです。けれどもたまったからといって、すぐにアルツハイマー病を発症するわけでもない。では発症するまでの20年間に、脳内では何が起こっているのか。この謎を突き止めるのも、研究テーマの一つです。 レカネマブが効くといっても、現状ではその効果はごくわずかなものです。けれども、治療の未来には期待できます。ライト兄弟が初めて空を飛んでからの飛行機の展開を思い起こせば、アルツハイマー病治療の今後の進歩を想像できるのではないでしょうか。 すなわちライト兄弟の滑空時間は、わずか10秒ぐらいにとどまっています。けれども、その後の飛行機の進化はすさまじいものとなりました。だからレカネマブはライト兄弟の飛行機ようなものだと考えて、その後の進展に期待したいのです。 いったんできてしまったアミロイドβを取り除くのではなく、そもそもアミロイドβをつくらせないようにする、これがゴールです。この技術を完成できれば、少し大げさにいえば世界が変わるでしょう。そこに少しでも貢献したいと日々、研究に努めています。― 先生は、ずっとアルツハイマー病の研究に携わってこられたのですか。 医学部卒業後に選んだのは精神科です。心理学や脳に対する興味があり、ドラマセラピーなども面白そうだと思っていました。ところが入局した医局が、アルツハイマー病の生化学研究をメインとしていて、それも面白いと思い、そちらに切り替えました。臨床研修の後に精神科の大学院に進んで研究の奥深さを体感しました。研究者としてずっとやっていけるとは思わなかったものの、ミュンヘン大学に留学に行き、その後に移ったドイツ神経変性疾患センターも含めて、結局9年間ドイツで研究員生活を送りました。帰国後は大阪大学保健センターの精神科、続いて国立長寿医療研究センターを経て、2020年に当時の大阪薬科大学に着任しました。ふりかえれば、研究テーマは一貫してアルツハイマー病であり、それもγセクレターゼがどのようにしてアミロイドβをつくっているのか、どうすればアミロイドβの生成を抑えられるのかを追い続けています。― では、これからもアルツハイマー病と関わっていかれるのですね。 はい、社会貢献という意味では、アルツハイマー病の治療は極めて重要なテーマですから。その一方で、初めて研究に取り組む学部学生さんの興味を引き出すことも大切なことだと考え、神経系を中心とした病気全般における新しい病態・診断・治療法の開発に取り組みたいと考えています。その一つとして取り上げているのが、特異な免疫反応が脳に起こって発症する自己免疫性脳炎です。2007年に発見されて始まったばかりの新しい疾患研究であり、まだまだわからないことだらけですから、新たな研究テーマとして興味を持ってもらえるのではないかと考えています。― 先生ご自身の座右の銘は何でしょうか。 “recasting”つまりもう一回やって見せるです。たとえば目の前で学生が、何かを間違ったとします。そんなときに「それは違うよ」と指摘するのではなく、批判せず、friendlyにその場でやって見せるのです。そうすれば学生は自分自身の視点で、自然と正しいやり方を吸収するのです。単に間違いを指摘して、何が正しいのかと言葉で説明すると、心理的抵抗を生むのですが、“recasting”にすれば、心理的抵抗を生まず、自然と正しいやり方を吸収していけるんです。これは「やって見せて学ばせる」ことのより深い理解に基づいています。学生と向き合うときには、いつもこの姿勢を忘れないようにしています。― 最後に学生たちへのメッセージを教えてください。 ひと言で表すなら“Go Straight!”です。何かを考えて、それが本当だと思ったら、とにかくやってみる。遠回りせずに、真っすぐ進んでぶつかればよいのです。そこで何かが行先を拒めば、考え直せばいい。ただし考えを深めるために、情報収集力とリテラシーは高めておきましょう。その意味では、論文をじっくりと読み込むのがおすすめです。特定のテーマについて、一番新しい事実を教えてくれるのは論文です。論文は一つのテーマに絞り込んで書かれていて、データなどのエビデンスも揃えられています。とはいえ読んで鵜呑みにするのではなく、論旨やデータの取り方に問題はないかと、自分に問いかけながら読む姿勢を忘れないようにしてください。32
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