Osaka Medical and Pharmaceutical University8― 看護の対象は生身の人間で、しかもどこかに病気を抱えている方ですから、リフレクション学習は簡単ではなさそうです。 だからまずは患者さんの反応の意味を、一つひとつ真摯に受け止めて理解する必要があります。そのためには患者さんを自分を映す鏡として考えるのです。つまり患者さんの反応を見て、それが自分のどの様な行動によって引き起こされたのかを、理解するように努める。患者さんを理解したうえで、どのように関わっていけばよいのかを、それまでの経験を踏まえ、理論の裏付けも活用しながらさらに考えるのです。もちろん決して簡単な作業ではありません。患者さんはまさに千差万別ですから、常に相手に応じて最善の看護を見つける必要があります。患者さんと向き合いながら、看護のパフォーマンスを高めていく。その支えとなるのは、看護に携わる人の思考であり経験からの学びです。― 先生がそのような研究に取り組み始めたきっかけは何だったのでしょうか。 リフレクション学習の考え方は比較的新しく、1980年代に始まりました。私はちょうど2000年頃に大学院の修士課程で、リフレクションの研究を始めました。もともと大学で仕事をする前には専門学校の教員を務めていました。ここには准看護師として働いてきた人たちが、正看護師になるため学びにきます。当時20代だった私は、40歳ぐらいの経験豊富な学生さんと接する際に、学びに関する悩みを積極的に聴きだすよう心がけました。すると多くの学生さんが「何か新しいことを学ぼうとするときには、自分の経験が邪魔をする」と話してくれました。そこでせっかく得られた経験を活かしながら、さらに一歩先へと学びを深めていける方法はないかと探している中で、リフレクション学習にたどり着きました。当時は日本でもまだリフレクション学習に関する先行研究があまりなかったので、教育学の先生方にも教わりながら研究を進めていきました。― そもそも先生は、なぜ看護の世界に進まれたのですか。 高校生のときは、吹奏楽部でクラリネットを担当していて、できれば音楽大学に進みたいと考えていました。ところが手にケガをして、医療従事者の方々と関わり、人のためになる仕事の素晴らしさにひかれました。それで国立病院で看護師となり、そのうち看護教員にならないかと誘っていただいたのです。当時の厚生省で1年間の研修を受けたのちに、専門学校の教員となりました。次に看護短期大学の教員となりましたが、その間ずっと自分なりに抱えていた問題意識が、学生さんたちが自分の経験と統合できるような教育が行われていない状況でした。経験は一人ひとり異なるものだから、個々の状況に最適化された学び方を支援したいと考えるようになり、リフレクション教育に行き着いたのです。― 今後の研究課題について教えてください。 いま取り組んでいるのが、リフレクションを促すファシリテーターの育成です。ひとりでリフレクションすると、どうしてもうまくいかなかった経験に引っ張られがちです。その結果落ち込んでしまったり、自己否定したりする。それでは本末転倒で、失敗経験からでも楽しく学べるリフレクションこそが本来の姿であり、それをサポートするファシリテーターを育成したいのです。そのためファシリテーターの言葉や行動をビデオで撮影し、それらが学習者に与える影響を解析する研究に取り組んでいます。ファシリテーターが問いかける質問一つや、あるいは学習者に対するうなずきなどの反応次第で学びが変わってくる。だからできる限り効率的に学べるような仕組みづくりから、学ぶプログラムのアプリ化までを視野に入れています。― 先生の座右の銘を教えてください。 「挑戦する努力に裏切られることはない」できるかどうかを悩むのではなく、ともかく一歩踏み出し行動する姿勢が大切です。自分から動き出せば、まわりの人たちが支えたり助けてくれたりもします。自分にはできないのではないかなどと尻込みしていたら、何も始まりません。私もリフレクションの研究をやりましょうと声をあげたら、多くの方が集まってくださいました。世の中は決して甘いものではありませんが、だからといって冷たいわけでもありません。動き出せば、一緒に動いてくれる人が現れると思います。だから学生に対しても「まず一歩踏み出してみよう。挑戦する努力を大切にしましょう」と語っています。― 看護学部の国家試験合格率が高い理由は何でしょうか。 いうまでもなく、学生たちの頑張りが第一です。加えて、定期的にチューターがリフレクションを促しているのも一因でしょう。1年生から教員がチューターとして関わりながら、学生と一緒にPDCAサイクルを回しています。そんな仕組みが効率的な学びに繋がっているのだと思います。Profile池西 悦子 Etsuko Ikenishi(略歴)看護学部 看護教育学分野教授国立療養所兵庫中央病院附属看護学校卒業。厚生省看護研修研究センター看護教員養成課程修了、法学士、看護学修士、神戸大学大学院医学系研究科博士後期課程修了、保健学博士。国立病院での看護師経験の後、専門学校、短期大学の教員経験を通して、多様や教育課程、価値観、知識、経験を持つ看護師が、自分の強みを伸ばす教育方法を探求し、修士・博士課程でリフレクション 学習の研究に取り組む。岐阜県立看護大学講師、園田学園女子大学准教授、滋慶医療科学大学院大学教授などを経て、2018年より現職。
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