大阪医科薬科大学学報 4号
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Profile中野 隆史 Nakano Takashi転させながら、電子顕微鏡で画像撮影していきます。CTスキャンのように完全に一周させるのは不可能ですが、限りなくそれに近いレベルまできめ細かく撮影していきます。CTスキャンなら回転作業は自動化されていますが、我々の場合は手動なので回転の精度は電子顕微鏡技術技士の熟練度に大きく左右されます。苦労して得た150枚以上の画像をコンピュータで解析し、立体化に成功しました。専門誌の表紙に採用された理由は、おそらく同じような立体画像を製作できるラボが、世界でも少なかったからでしょう。― ウイルスの内部構造まで観察できるなら、その機能解明などでかなりな成果を得られると思いますが。 ウイルスが細胞に侵入し、そこからどのようなプロセスを経て増殖していくのか。細胞内でウイルスの複製が行われた結果、新たなウイルスが細胞の外に放出されます。したがって細胞内での一連のプロセスをきめ細かく解明できるようになれば、新たな治療法開発の可能性が出てきます。とはいえ新型コロナウイルスについては、まだまだ不明点の多いのが現状です。 コロナの場合、細胞内の空胞からウイルスの出てくるケースが多いようですが、そこから出てきたウイルスが感染性を持つ完成形なのか、それとも中間形なのかもまだわかっていません。今のところはmRNAワクチンが有効ですが、今後はこのワクチンに対しても抵抗性を持つウイルスが出てくると想定されます。研究を急ぐ必要があります。― とはいえ新型コロナウイルスに関しては、すでに研究成果も発表されています。 研究に貢献してくれたのが、本学に設置されているBSL(=Bio Safety Level)3実験室です。BSL実験室とは、ウイルスなどの病原体を安全に取り扱うための特殊な対策を施したバイオハザード対策室です。病原体の危険度に対応して、最も危険度の低いレベル1から最高レベル4までの4つの分類があり、BSL3は上から2番めに高い危険度に対応できる実験室です。このレベルの実験室を持つ研究施設は極めて限られるため、新型コロナウイルスに関する共同研究の申し出を、企業だけでなく他の大学からも数多く受けました。 私の専門は消毒や感染制御なので、新型コロナウイルスの不活化をテーマに、企業と共同研究を始めました。国立感染症研究所からコロナの発生地、中国の武漢由来株の提供を受けて培養し、これに酸化亜鉛を添加して感染性を調べたところ、ウイルスを有意に不活化できたのです。 研究成果は本来なら論文としてまとめて発表しますが、とにかく少しでも早く役立ててもらうため、まず2021年の9月3日にニュースリリースとして公表しました。その後は本学の病院にも新型コロナウイルスに感染した患者さんが来られるようになったので、その方たちから分離したウイルスも使って研究を進めています。― 梅が新型コロナウイルスに効果があるとの研究成果もありますね。 紀州田辺うめ振興協議会からの受託により、梅ポリフェノールの新型コロナウイルスに対する阻害効果を確かめる研究に取り組みました。2種類の実験を行ったところ、いずれにおいても梅ポリフェノール特有の、新型コロナウイルスの感染性を不活化する効果が明らかになりました。だからといって治療効果があるとまでは現時点ではいえませんが、今後の研究成果には期待できます。― 医学における基礎研究の魅力とは何でしょうか。 私は、子どもの頃から微生物学者になりたいと思っていました。顕微鏡をのぞいたり、野口英世の伝記を読むのが大好きだったのです。ちょうど医学部に入学した頃は、遺伝子組み換え技術などバイオテクノロジーの発展期で、私も微生物を使って薬をつくりたいと夢見るようになりました。研修時代には臨床にも携わり、患者さんの苦しみを真正面から受け止めて治療に当たる臨床医の素晴らしさを、肌で感じました。それでも基礎研究に進んだ理由は、人生一回きりなので初志貫徹したかったからです。つまり一生涯をかけてなにか一つでも、新しい治療法や検査法などを創り出せれば、それで何千人もの人を何年にも渡って助けられます。この夢をなんとしても叶えたい。とはいいながら今でも臨床系の業務もいくつか兼務しながら、研究活動への刺激をもらっています。― 最後に学生たちへのメッセージを教えてください。 論語にある孔子の言葉「学而不思則罔(学びて思わざれば即ちくら罔し)」を大切にしてください。医学部に入るため、さらに国家試験に合格するためにも知識は欠かせません。けれども、問題を解く知識を患者さんを治すための知識へと高めるためには、自分なりの噛み砕きが必要です。さらには机上の学びに加えて、それを現場で確認する病院実習が決定的に重要です。本で身につけた知識を、ぜひ現場の医療で活用できるレベルにまで、自分の中で理解を深めてほしいと思います。そのプロセスを経て初めて、読んで学んだ知識が「現場で使える」生きた知識になります。1989年大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)医学部医学科 卒業  同 大学院医学研究科  米国 Harbor-UCLA Medical Center へ留学大阪医科大学助手(微生物学)  国際協力事業団(現・同機構)  フィリピンエイズ対策プロジェクト長期専門家  として出張大阪医科大学講師(微生物学)同 助教授(微生物学)同 専門教授・医学教育センター副センター長より現職(医学教育センター・病院感染対策室兼務)医学教育センターセンター長(兼務)1989-1993年1991-1992年1993年1997-1999年2001年2004年2014年 2018年2021年Osaka Medical and Pharmaceutical University28

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