大阪医科薬科大学学報 3号
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を向ける必要があります。― 炎症性サイトカインを抑える漢方薬の成分解析に成功したと伺いました。 漢方生薬の一種に「滋陰薬」と呼ばれるグループがあります。高齢者などを対象として、身体に潤いを与えて炎症を抑えるために使われてきた薬です。その一つである「麦門冬」を対象とした研究を行ってきました。細胞が老化すると、炎症性サイトカインを分泌して炎症を起こします。この慢性炎症に対して、麦門冬のどの成分が、どのように作用しているのか。研究を進めた結果、いくつかの成分が明らかになっています。この研究成果には今後、様々な応用が期待できます。たとえばがんの化学療法で課題となっている副作用の抑制に使える可能性があります。細胞老化そのものを抑制できれば、慢性炎症を抑える可能性も出てきます。― 漢方薬の原料となる植物の栽培も研究に取り組まれていますね。 漢方薬の原料となる植物の多くは、日本には自生していません。これらの植物は主に中国やモンゴル、東南アジアに分布していて、近年では絶滅危惧種となるものが増えています。中国でも15年ほど前までは、自生している植物を採取して、漢方薬の原料として使っていました。ところが資源の枯渇が進むにつれて、中国でも栽培化が進められています。また野生種の取引が禁止された重要な生薬の一つに「甘草」があります。日本は漢方薬の原料を、中国一国からの輸入に頼っているため、現状を放置しておくといずれ原料を入手できなくなる恐れがあります。 こうした状況を改善するため、15年ほど前から人工栽培の研究に取り組んでいるのが甘草です。これは漢方薬の約7割に含まれる貴重な原料です。つまり甘草がなくなると、今ある漢方薬の7割を今後つくれなくなってしまうのです。甘草は乾燥地帯に生育する植物ですから、日本にはまったく存在しません。これを日本の風土でも育つように品種改良を繰り返してきました。同時に、その科学的品質評価も行い、野生由来の甘草との違いなどを確かめています。そのかいあって、ようやく数年後には実用化できそうなレベルまでこぎつけています。― 漢方薬研究の魅力やおもしろさは何でしょうか。 西洋医学の薬と比べれば、はるかに長い歴史に支えられているのが漢方薬です。それだけ長い期間使い続けられてきたのは、確かな効能が認められてきたからです。受け継いできた知恵を、現代科学の手法に基づいて解析し、さらに発展させて未来へと送り届けていく。そのためにはオリジナルなアプローチが必要であり、それはとても難易度の高い作業となります。だからこそ挑戦しがいがあり、学問として追究するのが楽しいのです。 漢方薬では基本的な発想が、現代医学とは大きく異なります。現代医学の薬は作用点が決まっています。例えば血圧の薬なら、どこにどのように作用するのかがピンポイントで定められています。これに対して漢方薬では、体内のさまざまな部分にさまざまな成分が、総合的に効果をもたらした結果として血圧を下げます。プロセスが複雑で入り組んでいるため一筋縄では解明できませんが、だからこそチャレンジスピリットをかきたてられます。― 先生はどのように研究の道を歩んでこられたのでしょうか。 振り返ると諺にある「三つ子の魂百まで」が当てはまるように思います。田舎育ちであり、家でさまざまな薬用植物を育てていた祖父と祖母の影響を強く受けました。おかげで子どもの頃から植物が大好きで、小学校時代には夏休みの自由研究に薬草の本を買ってきて、庭に生えている草を調べてレポートを書いたほどです。 自然な流れで大学は薬学部を選び、そこで東洋医学概論などの授業に導かれて漢方の研究室に入りました。ただ、4年でいったん卒業し企業に就職しています。その後、研究室でお世話になった先生から「大学に戻ってきて研究しないか」と助手に採用していただき、先生の指導を受けながら博士号を取得しました。就職先はそこそこの大企業でしたから、そこを退職してアカデミアに戻るのは、かなり思いきった決断でした。とはいえ、今では初志貫徹できたと感謝しています。― 最後に学生たちへのメッセージを教えてください。 私は幼い頃から父親の姿を見て学んできました。父親が背中で語っていたのは「毎日、精一杯努力しなさい」です。つまり、日々目一杯夢中になって取り組んでいれば、次は何をできるだろうと翌日が楽しみになります。子どもの頃を思い出せば、思いっきり遊んで友だちと別れるときの「また明日ね」は、次の日を期待して楽しみにしているあいさつだったはずです。 学生の皆さんにもぜひ、一日を終えて帰るときには生き生きと「また明日ね」といえるようになってほしい。自ら進んで楽しんで取り組んでいれば、明日が楽しみになるはずです。逆に勉強でも研究でもやらされている感があると、一日の終りのあいさつが「お疲れ様」になってしまいます。ぜひ、明日を楽しみにするような声のトーンで一日を終えられるように、そのためにワクワクしながら学びに取り組めるように、夢中になれるテーマを見つけてください。Pro■le芝野 真喜雄 Makio Shibano1991年1991年1993年1994年1999年2006年2006年4月~  2007年8月 2013年2021年 大阪薬科大学薬学部製薬学科卒業アサヒビール株式会社入社大阪薬科大学 副手大阪薬科大学 助手博士(薬学)大阪薬科大学大阪薬科大学生薬科学研究室 講師米国ノースカロライナ大学チャペルヒル校 留学大阪薬科大学生薬科学研究室 准教授大阪医科薬科大学薬学部臨床漢方薬学研究室 教授薬用植物園園長2022年4月~Osaka Medical and Pharmaceutical University40

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